64歳の契約社員の処世術 〜呼ばれぬ席にて〜

ある冬の朝、某メーカーの支店長が来社されるということで、社内には少しだけ緊張感が漂っていました。応対に出るのは、役員、部長、課長の三名。私はいつも通り出社していましたが、特に声がかかることはありませんでした。
「これは、場を外すのが最善だな」と、私は静かに判断し、外出の予定を入れました。誰かに言われたわけではありません。ただ、呼ばれぬことに意味を探さず、呼ばれたときに応じればよい。そうした“間”を読むことが、大人の処世術ではないかと感じています。
■ 黒子の美学
私は「黒子」でかまいません。むしろ、黒子でありたいと思っています。
表に立つことよりも、場が整うことを優先する。
それは責任を放棄することではなく、むしろ責任と誇りを胸に秘めたまま、気配を整えることに徹するという選択です。
64歳。
契約社員という立場は、時に「歩なんか」と思われがちです。
しかし、歩には歩の矜持があります。
一歩一歩、盤面を読み、時に“と金”となる覚悟を持つ。
それが、私の処世術です。
■ 奥ゆかしさは、声なき声を聴く力
「同席されますか?」
その一言があれば、私は残ったでしょう。
けれど、声はかかりませんでした。そう
ならば、察するのが大人の奥ゆかしさ。
誰も困らせず、誰も気まずくさせず、風のようにその場を離れる。
それもまた、組織を支える一手だと私は思っています。
■ 呼ばれぬ席に、礼を尽くす
呼ばれぬ席に、礼を尽くす。
それは、沈黙の中にある品位です。
誰にも気づかれずとも、自分の中に一本の芯が通っていれば、それでよいのです。
契約社員であっても、年齢を重ねた者として、
場の空気を読み、余白をつくり、必要なときに、必要な場所で、
きちんと責任を果たす。
それが、私の選んだ「黒子の道」です。