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2020年夏の高校野球が最後の砦となってしまいました

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開催は同調圧力に屈することなき判断で

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東京五輪の延期さらにインターハイ開催中止の衝撃。夏のスポーツイベントの開催への最後の砦が高校野球となってしまいました。開催の可否は5月20日の運営委員会の結果を待つばかり。

全てが右に倣えという状況下ですが、中止にしても批判、開催しても批判になるのがこの世相。主催者は、同調圧力に屈することなく選手ファースト、現場ファーストで自らの意思を貫いてほしいと思っています。

コロナ禍が収束する兆しもないケースの場合、優先事項は、当然のごとく選手の安全が優先されます。残念ながらこのケースでの大会開催の中止は致し方がないこと。

5月20日の時点のコロナ禍の状況にもよりますが、2020年は、無観客での予選開催を決定することも選手ファーストへの判断かと。

勿論、練習や試合開始前での選手や関係者の検温や手洗い、うがいの実施は必須となるでしょう。

無観客の地方大会は開催可能では?

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今年に限っていえば、地方予選においては極力宿泊なし、移動についても最短で試合できる会場とするために、近郊での地区大会を実施することで対策。予選の主催は各都道府県の高野連さんなので、運営の具体策は一任すれば良し。

おっさんが毎年最も注目している秋田県大会の場合であれば、使用球場は県北地区の能代、秋田市のこまちスタジアム、八橋、県南地区は横手の4球場。例年であればシード校を除いて、地区に関係なく振り分けられますが、これを地区大会形式で実施。

日程に余裕を持たせたい場合は、地区大会は、例年の倍の球場を使用する。どちらかといえば秋の県大会に近い形式で開催。地区大会から県大会の選出数は単純に出場校数で割り振る。地区大会を勝ち抜いた8校で県大会を開催。

こうすることにより、移動と宿泊を極力を減らすことができるはず。無観客で開催の場合は、クラスターとなる可能性のある球場スタッフも削減できます。

現在、感染者数が少ない地方は無観客試合の場合は、かなり実施する確率は上がるはずです。懸念材料は大都市圏での予選大会。もしかしたら予選が開催できない地区も現実ありそうです。その場合の全国大会の開催はどうなるか?難しい判断があります。

もっとも予選開催以前に、現在休校中となっている場合、予選の時期を考えると6月の学校再開が野球の準備ができるギリギリかと。夏の大会への準備や練習期間としては、最低でも1ヶ月は必要とするでしょう。それでもゲームをするには、体力的にもかなりキツイことが待っています。

 

甲子園の開催はプロ野球開幕が握っている

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100人いれば、100通りの考え方、意見があるだけに大会の実施については何とも予想すらできません。おそらくは、現況から例年通りの通常開催は、予選も全国大会も困難。地方大会は、無観客であれば各都道府県によっては開催は十分可能。

甲子園の使用は現況からは全く不透明。どちらかといえば、8月の甲子園の使用は、プロ野球の開幕が握っています。ブロ野球の開催次第で、全国大会での甲子園も使用も可能かと思います。

今後の状況より甲子園の開催での無観客試合もあるでしょうし、選手にとっては不本意ではあるでしょうが、場合によっては別球場の開催での全国大会の場合もありえます。それでも大会自体が中止となるよりは、野球ができるだけでもこのコロナ禍では価値あることでは ?

高校野球は特別な存在なのか?

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必ず出てくる意見で高校野球だけが特別なのか ? 開催の可否を判断する組織としては、高体連と高野連で先ず運営組織が違うこと。開催の判断の可否に、この差は大きいと考えます。運営費の資金面でも差があります。

さらにテレビ中継、メディアの扱い、注目度、100年の歴史、スポーツイベントとしての実績から誰が見ても特別な存在です。あの夏の猛暑の中、屋外の甲子園のスタンドに大観衆を集める存在。

また、インターハイが最後の大きな大会となる競技もあれば、冬期間に全国大会がある競技もまたあります。夏の高校野球は実質 3年生にとっては最後のゲーム。競技によってもそれぞれの状況は相違しています。

高校野球にとって、特別な存在であることは既に実績としてあります。この事がタブーなこととも思わないし、全ての競技を取り巻く環境が平等なことは理想なのでしょうが、現実からは乖離した話です。さらに、現実社会での考え方は人それぞれ、意見も考え方も100通り。では またです。