私の出身地・能代市には、男子バスケットボールの名門校「能代工業高校」があります。
昭和42年の埼玉国体初優勝から平成19年の秋田国体優勝まで、インターハイ・国体・選抜大会を通じて、実に全国制覇58回を誇る伝説的なチームです。
公立の県立高校でありながら、能代工業バスケットボール部に憧れて、県外から入学する選手も毎年多数います。
レギュラー選手は地元・秋田県内の選手を凌ぐ実力者が多く、県外出身者が主力となる年も珍しくありません。
田臥勇太選手も神奈川県出身ですが、能代工業の一員として活躍しました。
地元の人々にとっては、出身地に関係なく、能代工業バスケット部は誇りであり、地元のチームなのです。
一方、先日の選抜で準優勝した光星学院野球部の成績も素晴らしいものでした。
昨夏の甲子園準優勝、秋の神宮大会優勝、そして春の選抜でも準優勝。
しかしネット上では「外人部隊」などの中傷が目立ちます。
地元・八戸市や青森県では、実際にはどう受け止められているのでしょうか。
東北初の優勝、いわゆる“白河越え”をメディアは煽りますが、地元の温度感は意外と冷静かもしれません。
能代工業や新日鉄釜石ラグビー部も、地元選手を中心に全国レベルへと成長し、後に県外選手が加わるという自然な流れがありました。
それに対して光星学院は、急速な選手勧誘によって、地元選手が排除されるような構成になってしまった印象があります。
もちろん、甲子園を目指す野球少年が、自らの意思で進路を選ぶことは自然なことです。
野球留学と揶揄されることもありますが、進学校への進学やスポーツ特待生制度と同じく、制度的には何ら問題はありません。
むしろ、過疎化が進む東北の地域にとって、有望選手が集まってくることはありがたいことです。
ただ、光星学院のように急速な選手勧誘が進むと、地域との融合が追いつかず、感情的な反発が生まれることもあります。
「ここまで、やるか?」という声が出るほどの勧誘は、地域に受け入れられるまで時間がかかるのは当然です。
これは光星学院だけでなく、青森山田や明徳義塾などにも共通する課題です。
選手たちは純粋に甲子園を目指して努力しているのに、「外人部隊」と呼ばれてしまう現状は、非常に気の毒です。
全国大会での素晴らしいプレーと栄冠には、尊敬と賞賛があって当然です。
彼らはみんなの憧れのプレーヤーなのです。
このテーマは長くなりましたので、続きは次回に。
次回は、別の視点からこの問題を綴っていきたいと思います。