
春のセンバツへ 金足農&秋田経法大附2校出場

平成30年夏の甲子園準々決勝 金足農VS近江 9回裏 サヨナラツーランスクイズシーン

平成23年夏の甲子園 3回戦 能代商VS如水館9回裏 中継大遠投バックホームシーン
平成の終わりに――秋田高校野球、三時代の記憶と令和への願い
平成時代も、残すところあとわずか。
オッサンの高校野球観戦歴も、昭和・平成・令和と三つの時代をまたぐことになります。
今年の夏の甲子園出場校は、令和最初の代表校となるわけです。
思い返せば、平成の初め頃には、新聞の画像にもあるように、春のセンバツに秋田から2校が出場することもありました。これは21世紀枠ができる前の話。つまり、秋田県の高校野球が、全国レベルにあった時代です。
その後、夏の甲子園では初戦13連敗という苦しい時期を経て、昨夏の金足農業の準優勝で、平成の秋田高校野球はひとつの大団円を迎えたように思います。
時代を振り返ると、1990年代は、前の80年代や70年代の影響を色濃く残していました。平成もまた、昭和の空気を引き継ぎながら、少しずつ変化していった時代だったのではないでしょうか。
平成初期と今とでは、まさに“隔世の感”があります。
戦術面では、長打を軸にしたビッグイニング狙いの野球が主流となり、打撃力が飛躍的に向上。送りバントやスクイズで1点を積み重ねるよりも、積極的に長打で大量点を狙うスタイルへ。投手起用も、エース1本柱から複数投手制・ダブルエース体制へと変わってきました。
選手の獲得においても、強豪私学が広域から選手を集めるようになり、甲子園はそうした私学の独壇場に。もちろん、地元中学から地元校への進学が今も基本ではありますが、平成という時代は、甲子園の構図が大きく変わった時代でもありました。
そんな中での、昨夏の金足農業の準優勝。
まさに“昭和の野球”を体現したチームが、平成の終盤に大躍進を遂げた――そのギャップが、あの感動の大きさにつながったのかもしれません。
さて、令和の時代を迎える秋田県。
野球以前に、立ちはだかるのは少子高齢化による人口減少の壁。秋田県の人口減少率は、総務省の推計で6年連続の全国ワーストです。
それでも、時代は令和へと進みます。
以前のブログにも書きましたが、地方を元気にするには、スポーツの力が大きい。秋田の高校野球も、日々努力を重ねる選手や指導者の皆さんの存在があってこそ。
平成の間に中学硬式のクラブチームが立ち上がったように、多くの方々の尽力がありました。昭和・平成と、甲子園の優勝旗にはあと一歩届きませんでしたが――
令和の新時代こそ、東北に、そして秋田県に、優勝旗を!
令和最初の秋田の高校野球公式戦は、5月3日からの春季地区大会です。
では またです。