今夏の甲子園で、もっとも印象に残った選手。
それは、花巻東の2番バッターでした。
打法はまさに“秘打”。特に済美戦での変形シフトを抜くヒット、さらに三塁打。
身長156cmの“小さな大打者”が見せたプレーは、胸を打つものでした。
妙なルールの解釈と、妙な権威のために、
この選手のこれまでの努力が無にされてはならない――そう強く思います。
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花巻東の“カット打法”をめぐっては、意見が二分しています。
私は東北出身ということもあり、当然ながら花巻東を擁護する立場です。
とはいえ、現実として審判・主催者側の判断は絶対。
出場チームは、それに従わなければならないという厳しい現実もあります。
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思い出されるのは、スポーツ界でのルール変更の数々。
水泳の泳法違反、スキーの板の長さ、ノルディック複合の得点計算――
日本人が優位に立つと、欧米の主催者側がルールを変えてくる。
そんな構図を、私たちは何度も目にしてきました。
今回のカット打法についても、今後ガイドラインが設定されるのでしょうか?
そこまでやるなら、いっそ「ツーストライク以降のカットはすべてスリーバント扱い」とでも明文化すればいい。
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WBC決勝・韓国戦でのイチローの決勝打。
あの粘りの末のタイムリーも、カットの連続から生まれたものです。
1995年の日本シリーズ、小林-オマリーの14球勝負も、
ツーストライクからのカット&ファウルの応酬でした。
過去の名勝負と単純に比較するのは難しいかもしれませんが、
「カットできる」というのは、打者の技術であり、戦術の一環です。
高校野球でこの技術をどう線引きし、正否を判断するか――
どんな審判でも、極めて難しいジャッジになるでしょう。
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もし「高校野球だけは認めない」というのであれば、
それが“マナー”や“遅延行為”に該当するという理屈も、筋は通ります。
ただし、大会途中で突然それを適用し、通告するのは、
主催者側の“ルールとマナー違反”ではないかと、私は感じました。
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甲子園大会は、日本を代表する夏の大イベント。
主催者側が“興行”として維持するためには、
汗と涙と友情、そして力と技の結晶が必要です。
おそらく、過剰なカット打法は、素人目には“正々堂々”とは映らず、
炎天下での試合遅延にもつながるため、準決勝前に“グレーな通告”をしたのでしょう。
この“あいまいでグレーな通告”こそ、日本のエリートや権威者にありがちな、
なんとも言えない“いやらしさ”を感じてしまいます。
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仮に、2回戦の段階で明確に通告していれば――
済美戦も、鳴門戦も、結果は違っていたかもしれません。
そして、優勝の行方もわからなかった。
主審が何打席もカット打法を目撃していながら、
試合中に注意・勧告できなかったということは、
少なくともその時点では“ルール違反ではなかった”ということなのでしょう。
そのまま準決勝を戦っていたら、花巻東が優勝していた可能性も十分にあったと思います。
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【産経新聞ニュースより】
> 「打者の動作(バットをスイングしたか否か)により、バントと判断する場合もある」
> と定めた高校野球特別規則があることを佐々木監督らに伝えた。
このため、千葉選手が準決勝でもカット打法を続ければ、
ツーストライクからのファウルが“バント失敗(三振)”と見なされる可能性があったとのこと。
大会本部は、指摘のタイミングについてこう説明しています:
> 「3回戦までは問題なかったが、準々決勝で(バントと)紛らわしく思える打ち方があった」
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全国大会でさえ、こうした論議と強引な処置があるのですから、
地方大会での主催者側の運営・ジャッジ・ルール解釈も、水面下ではいろいろあるのでしょう。
今大会、主催者側の意向としては「花巻東に優勝させたくなかった」――
そんな空気すら感じてしまいます。
ルールと主権は主催者側にある。
だからこそ、出場校は“心証”を悪くしてはならない。
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一方で、ルールの解釈に敗れた花巻東。
次の出場時には、今回の敗戦を“倍返し”で晴らしてほしい。
主催者側が“ご満足いただけるマナーとプレー”を見せつつ、
圧倒的な力でねじ伏せて、優勝旗を奪取してほしいと願っています。
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甲子園に出場すること自体が大変。
勝利することは、もっと大変。
ましてや、優勝となれば――実力、運、時勢、すべてが揃わなければ成し得ない。
初優勝を目指す東北勢のチームには、
ぜひ「砂の栄冠」を読んでいただきたい。
甲子園で優勝するための条件が、そこに描かれている気がします。
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今回は、一方的に勝手な意見を綴りました。
ご了承ください。