四方山話に時々音楽と高校野球

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明けない夜はない──春を失った球児たちへ、夏の希望を信じて


 
写真素材 pro.foto

 

「明けない夜はない。春がこない冬もない。夏の甲子園大会がこない高校野球もない。」  

そんな言葉を信じて、今はただ、再び白球を追える日々が戻ることを願うばかりです。すべては、そこからの再スタート。球児たちが再びグラウンドに立てる日を信じて、今は耐えるしかありません。

春も夏も大会が中止となれば、学校そのものの存在意義さえ問われるのではないか──そんな思いもよぎります。小中高、大学まで、教育の現場が機能しないままでは、子どもたちの学びや成長の機会が失われてしまいます。

特に、10代の3年生にとっての1年間は、人生においてかけがえのない時間です。50代の1年と、18歳の1年では、その重みがまったく異なります。部活動においても、学業においても、集大成の年を中途半端なまま終えることは、あまりにも酷な現実です。

制度やルールの詳細は分かりませんが、もし長期にわたって学校が機能しないのであれば、年度を繰り越して再スタートするという柔軟な発想も必要ではないかと感じます。センバツの代表校や選手たちも、1年越しにその舞台に立てるような道があってもよいのではないでしょうか。

東京オリンピック2020も1年の延期が決まりましたが、開催の見通しは依然として不透明なままです。私たちの何気ない日常や学校生活、社会活動は、平和と健康という土台の上に成り立っているのだと、改めて実感させられます。

昨年の4月13日に投稿したブログ記事を読み返すと、例年であればリーグ戦が始まる時期でした。あの頃は当たり前だった日々が、どれほど貴重だったか。失って初めて、その有難さに気づかされます。

今はただ、1日も早く、普段通りの毎日が戻ってくることを願うばかりです。そして、球児たちが再びグラウンドに立ち、夏の空の下で白球を追う姿を見られる日が来ることを信じています。

 

 

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