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木造住宅にホームエレベーターを入れるということ ― 忘れられた「昇降路の構造」の話と、1989年版資料の再発見

🏠 木造住宅にホームエレベーターを入れるということ
― 忘れられた「昇降路の構造」の話と、1989年版資料の再発見

 


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定年退職後に契約社員として入社した会社は、機械設備を扱う商社でした。扱う製品の中にはホームエレベーターも含まれており、久しぶりにこの分野を見直す機会がありました。長年、建築設備や昇降機の周辺に関わってきた経験から、ホームエレベーターの技術や制度の変遷にはある程度の理解がありましたが、改めてメーカーの設計・施工資料を確認してみると、あることに気づきました。

木造住宅における昇降路の構造について、ほとんど記載がないのです。機器としての安全性は型式認定で保証されており、水平力や反力の数値もメーカーが明確に示しています。しかし、木造昇降路そのものの構造的扱いについては、資料の中にほぼ触れられていません。鉄骨造やRC造のシャフトであれば、構造計算に落とし込むことができますが、木造だけは事情が異なります。

木造は「壁量計算」という略算法が基本で、特殊荷重を扱う枠組みがありません。昇降路のように開口が大きく、壁が切れ、水平力の伝達経路が特殊な構造は、標準の木造ルールでは説明しにくいのです。そのため、審査担当者が「木造で大丈夫なのか」「水平力はどこに逃げるのか」と疑問を持つのは自然なことです。

 木造昇降路の“根拠不足”はなぜ起きたのか

この疑問の背景には、制度の変化があります。ホームエレベーターは2000年に「型式認定」を取得するようになりました。それ以前は「建築基準法38条認定」で、建築側の構造条件も含めて認定されていました。つまり、メーカーは木造昇降路の構造条件まで含めて説明する必要があったのです。

しかし、型式認定に移行すると、認定の対象は機器単体になり、建築側の構造は建築士の判断に委ねられるようになりました。その結果、メーカー資料から木造昇降路の構造説明が消え、現場では“根拠の空白地帯”が生まれました。若い審査官は木造昇降路の歴史を知らず、メーカー資料にも記載がないため、木造昇降路は「説明しにくい領域」になってしまったのです。

 

 20年以上前の実務で起きたこと

20年以上前、グループホームで小型エレベーター(ホームエレベーターと類似した構造)を計画した際にも、同じような質疑がありました。

「木造昇降路で水平力は大丈夫なのか?」

担当者の疑問はもっともで、木造の壁量計算では昇降路のような特殊構造を説明しにくいのです。そのとき、役に立ったのが、手元にあった1989年版『ホームエレベーターの本』でした。建設省住宅局建築指導課が監修し、日本建築センターが発行したこの資料には、木造昇降路の構造について、現在の資料には見られないほど詳細な説明が残されています。担当者にこのページを提示すると、すぐに納得していただけました。

1989年版資料が“最後の体系書”である理由

この資料は、ホームエレベーターがまだ普及前で、建築側の構造条件を行政が直接整理していた最後の時代のものです。木造昇降路の構造を体系的に説明した資料は、実質的にこれが最後と言ってよいでしょう。特に、壁量の扱いについては、審査担当者が最も気にする部分であり、この資料にはその根拠が明確に書かれています。

 

 1989年版『ホームエレベーターの本』より(引用)

「まず、エレベーター昇降路周辺の壁もしくはそれに代わる壁(後述)は、住宅全体の壁量計算には算入しません。すなわち、これらを除く部分の壁量が建築基準法施行令第46条による必要壁量以上になることを確認します。ただし、耐力要素がつり合いよく配置されているかどうかの確認はエレベーターまわりの壁も含めて検討して下さい。地震時の壁量計算に関しては、エレベーターまわりの耐力壁を含めた総壁量が施行令に従って算出した必要壁量の1.1倍以上になることを確認します。」

「昇降路の4隅には必ず柱を配置して下さい。この場合、通し柱を用いるか、もしくはそれと同等な接合補強を行って下さい。」

「昇降路まわりの壁は、壁倍率が2以上のものにして下さい。ただし、筋かい等による場合は、両方向に効くものとして下さい。たとえば、筋かいとして1.5cm×9cmの板材をたすき掛けにする場合は、壁倍率は2となり両方向に効くためによいことになります。これに対し、柱の二割り材をけさ掛け(片筋かい)にする場合には、壁倍率は2となりますが、両方向に効かないので不適です。壁倍率を確保するためには、構造用合板を打ちつけることなどが望ましいでしょう。」

「さらに、図3-8のように、出入口の脇に90cm以上の壁(壁倍率2以上)を設けて下さい。なお、この壁も住宅全体の壁量としては算定しないで下さい。」

 

 木造昇降路は「説明できる」


ただし、現代の資料には書かれていないだけです。

木造昇降路は、決して危険な構造ではありません。ただ、説明するための“根拠”が現代の資料から消えてしまっただけです。1989年版の資料は、木造昇降路の構造を考えるうえで、今でも十分に通用します。審査担当者が根拠を求める場面では、最も説得力のある資料です。

木造住宅にエレベーターを入れるという行為は、単なる設備の追加ではなく、木造構造の考え方そのものに踏み込む作業です。だからこそ、こうした一次資料を読み解き、現代の実務に橋をかけることには意味があります。

【引用文献】
建設省住宅局建築指導課 監修
『ホームエレベーターの本 ― ホームエレベーターのある住まいの計画と設計』
日本建築センター,1989年(平成元年)

 

 

※パナソニックのホームエレベーター技術情報ページです。設置条件・寸法図・施工上の注意点など、建築側で確認すべき実務資料がまとめられています。

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