四国への“予兆”となった徳島遠征 ― 2007年アスティ徳島の夜に起きたこと

---
初めて四国へ足を踏み入れた日
2007年4月29日。大型連休の真ん中、私は浜田省吾のホールツアーを観るために、神戸から徳島へ向かいました。
東北出身で、旅行が趣味でもない私にとって、四国は人生の地図に存在しない場所でした。観光で行くこともまずない。ましてや徳島など、縁もゆかりもない土地です。
それでも、この日は違いました。
浜田省吾のツアー ON THE ROAD 2006-2007 “My First Love Is Rock’n’Roll” の徳島公演が、私を初めて四国へ連れて行ったのです。
---
横浜時代の上司が徳島にいるという“伏線”
この徳島遠征には、もうひとつ大きな意味がありました。
横浜時代の直属の上司が、当時徳島店に単身赴任しているという情報を、私は事前に仕込んでいました。
その上司は広島県出身で、吉田拓郎と同じ高校だと聞いていました。浜田省吾と同じ広島の空気を持つ人。その上司が、よりによって徳島にいる。
そして私は、浜田省吾のLIVEのために徳島へ向かう。
この時点で、すでに奇縁の匂いがしていました。
---
徳島店での“5分間の再会”
LIVEの前、私は徳島店に立ち寄りました。
売場を歩いていると、ほどなくしてその上司を見つけました。
上司は驚いた表情でこちらを見つめました。
「えっ……なんでお前がここに?」
秋田に戻ったと思っていた昔の部下が、連休中の忙しい売場に突然現れる。
その驚きは当然でした。
仕事中だったため、立ち話は5分ほど。
しかし、その短い時間に、横浜時代の空気が一気に蘇りました。
そして私は思い出しました。
横浜時代、その上司が何気なく言った言葉。
「四国は遊びに行っていいところだよ」
当時は受け流していました。
四国に行く理由など、まったくなかったからです。
しかし、この徳島の売場でその言葉が突然“意味”を持ち始めました。
---
LIVEの余韻と、徳島市の夜の静けさ
アスティ徳島でのLIVEは、ホールならではの近さと熱量がありました。
本編ラストは「日はまた昇る」。
あの曲がホールに響く瞬間は、アリーナとはまったく違う深さがあります。
終演後、私は徳島市の大阪王将で夜めしを取りました。
連休で宿は埋まっていたため、日帰りです。
徳島市の夜は静かで、道路は広く、どこか落ち着いた空気が流れていました。
車を走らせながら、私はふと感じました。
「この街の空気、どこか馴染むな……」
その感覚は、翌年の自分を先取りしていたのかもしれません。
---
翌年、私は四国に住むことになる
2008年4月。
私は四国営業所勤務となり、高松市へ引っ越しました。
横浜時代の上司が言った「四国はいいところだよ」という言葉。
徳島での再会。
浜田省吾のLIVEで初めて四国へ入った日。
徳島市の夜の静けさ。
そして翌年の転勤。
これらが一本の線でつながり、
“人生の伏線が回収される瞬間” が訪れたのです。
もし2007年の徳島遠征がなければ、
四国の空気を知ることも、
上司と再会することも、
高松で暮らす未来を想像することもなかったでしょう。
---
奇縁が重なった一日
この徳島遠征は、私のキャリア回顧録の中でも特別な一日です。
- 四国初上陸
- 横浜時代の上司との再会
- 浜田省吾のホールツアー
- 広島の音楽の血筋
- 翌年の四国転勤の予兆
- 徳島市の夜の静けさ
- 日帰り遠征の感覚
これらがすべて重なり、
人生の地図が静かに繋がった日でした。