地元復帰と西日本異動。神戸と高松で入れ替わった私と先輩

神戸と四国の“トレード”で始まった人事の流れ
神戸で勤務していたある時期、私の人事は突然動きました。会議が終わった直後に告げられたのは、四国・高松への異動でした。当時の高松担当は、神戸出身の先輩。地元に戻るには最適なタイミングであり、会社としても自然な配置転換だったと思います。
一方の私は東北出身ですが、神戸での2年間を経て西日本の空気にも慣れていました。そのため、神戸から四国への異動は「西日本内の移動」という感覚で受け止めていました。むしろ周囲の人たちのほうが、私が東北から来ていることをすっかり忘れていたほどです。神戸の職場では、私が東北出身であることを話題にする人はほとんどいなくなり、すっかり西日本の一員として扱われていました。
この時の人事は、まるで私と先輩の“トレード”のようなものでした。
- 先輩:高松 → 神戸(地元復帰)
- 私:神戸 → 高松(西日本内の異動)
この入れ替わりは、会社の事情だけでなく、地域の事情、人材の事情が複雑に絡み合った結果だったと今では感じます。
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神戸の内情を教えてくれた先輩との縁
この神戸出身の先輩とは、神戸時代から会議や打ち合わせでよく話す機会がありました。神戸の職場の空気、取引先の特徴、現場のクセなど、内部事情を丁寧に教えていただきました。神戸は営業所として独特の文化があり、外から来た私にとってはその情報が非常に助けになりました。
そして異動のタイミングでは、
- 神戸の引き継ぎは私から先輩へ
- 四国の引き継ぎは先輩から私へ
という、まるで入れ替わるような流れが生まれました。引き継ぎの場で再び顔を合わせるたびに、「人事は会社が決めるけれど、縁は勝手につながるものだな」と感じました。
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四国時代に仙台へ転勤してきた先輩
私が四国担当になってしばらくすると、今度はその先輩が仙台へ転勤することになりました。神戸で一緒に仕事をした人が、今度は東北に来るというのは不思議な感覚でした。土地は違っても、縁は続く。メーカーの人事は、こうした“再会”があるから面白いのです。
四国は採用も異動も少なく、経験者を送り込むしかない地域でした。そのため、神戸の内情を理解している先輩が高松へ、そして東北出身の私が高松へという流れが自然に生まれました。人材がいないというより、任せられる人が限られているという構造が背景にありました。
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2017年、盛岡で再び交差する縁
さらに2017年、私が盛岡に異動した際、またその先輩と業務引き継ぎで絡むことになりました。神戸 → 四国 → 仙台 → 盛岡と、長い時間をかけて一本の線がつながっていくような感覚でした。
この頃になると、私自身も「またこの先輩と交差するのか」と驚きつつも、どこか納得する気持ちがありました。メーカーの人事は、単に人がいないのではなく、現場を壊さずに任せられる人材が限られているため、同じ人が何度も同じ地域を担当することが起こります。結果として、同じ人同士が何度も交差するのです。
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人事は会社が決める。縁は勝手につながる。
神戸で始まった縁が、四国、仙台、盛岡と何度も交差しました。人事は会社が決めるものですが、縁は人がつくり、時に勝手につながっていくものです。こうした流れは、キャリア回顧録の中でも大きな物語性を持ち、読み手に「人の縁が動く瞬間」の面白さを伝える章になると感じています。