神戸時代に始まった、私の“甲子園詣で”の原点
- 東北を離れたからこそ強くなった、地元へのまなざし
- 2006年の兵庫国体で能代工業を観戦
- 2006年8月10日、人生初の“リアル甲子園”
- 翌年、念願の秋田代表・金足農を観戦
- そして、その後10年続く“夏の甲子園詣で”へ
- 神戸時代の甲子園は、私の“故郷の記憶”をつなぐ場所だった

東北を離れたからこそ強くなった、地元へのまなざし
神戸に転勤して迎えた2006年の夏。
東北から遠く離れた関西で暮らすようになったことで、
私は自然と「秋田県代表」や「東北勢」の試合を強く意識するようになりました。
地元を離れたからこそ、故郷の高校が全国の舞台で戦う姿が、
より誇らしく、より身近に感じられたのだと思います。
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2006年の兵庫国体で能代工業を観戦
同じ年の秋、私は兵庫国体で能代工業バスケットの試合を観戦しました。
グリーンアリーナ神戸の熱気、コスモスが揺れる総合運動公園の風景。
能代工業が113点を挙げた圧勝は、神戸時代のスポーツ記憶の最初の大きな出来事でした。
一方で、この年の夏の甲子園 秋田県代表の本荘高校と天理の試合は平日に行われ、
仕事の都合で観戦できませんでした。
「秋田勢の試合を見られなかった」という悔しさが、
心のどこかに残ったままの甲子園でした。
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2006年8月10日、人生初の“リアル甲子園”
その数週間前、私は人生で初めて甲子園のスタンドに立っていました。
2006年8月10日、早稲田実業と駒大苫小牧の試合が行われた日です。
この日は平日でしたが、私は代休だったのか、仕事を休んで球場へ向かいました。
早実が勝利した直後、スタンドには誇らしげな早実OBたちの姿があり、
その雰囲気がとても印象に残っています。
しかし、私のお目当ては早実ではなく、
次の試合の仙台育英でした。
東北勢の試合を、関西で生で見られるという高揚感がありました。
続く八重山と仙台育英の試合が、
私にとっての 人生初の“リアル甲子園観戦” となりました。
平日にもかかわらず、球場は早実フィーバーの余韻で満員に近く、
休日のような熱気が漂っていました。
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翌年、念願の秋田代表・金足農を観戦
2007年の夏。
私は念願だった秋田代表・金足農の試合を観戦しました。
相手は大垣日大。
この試合は平日で、午後から有給休暇を取って甲子園へ向かいました。
思いのほかロースコアの展開で、
試合後はそのまま事務所に戻り、ひと仕事してから帰宅しました。
「半休のつもりが、結局仕事に戻ったな」と苦笑いしたのを覚えています。
それでも、関西で暮らしながら秋田代表を生で応援できたことは、
私にとって特別な体験でした。
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そして、その後10年続く“夏の甲子園詣で”へ
この二年間で、私は秋田代表をリアルで観戦したのは金足農だけでしたが、
ここから約10年にわたり、毎年のように夏の甲子園へ足を運ぶようになりました。
お目当てはもちろん、
秋田県代表と東北勢の試合です。
神戸で暮らしながら、
甲子園で東北の高校を応援するという不思議な距離感が、
私の夏の風物詩になっていきました。
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神戸時代の甲子園は、私の“故郷の記憶”をつなぐ場所だった
能代工業の国体、仙台育英の試合、
そして金足農の夏の甲子園。
これらの記憶は、私の神戸時代を象徴する大切なスポーツの思い出です。
秋田を離れたからこそ、
甲子園で地元の高校を見つけるたびに胸が熱くなりました。
あの二年間が、私の“甲子園詣で”の原点だったのだと思います。