県外に暮らしても、秋田の高校野球からは抜け出せない──故郷から離れて暮らす秋田県人の夏

盛岡の職場で聞いた「花巻東―横浜」
2026年8月17日。
私は一週間ぶりに盛岡の職場へ出勤した。
現在、私は単身赴任で盛岡に住んでいる。
秋田市には比較的よく戻っているので、「故郷から遠く離れて、何年も帰っていない」というような生活ではない。それでも、普段の仕事と生活の拠点は盛岡である。
この日の職場では、当然のように高校野球の話題が出た。
話題の中心は、花巻東と横浜の対戦である。
岩手県に暮らしている以上、花巻東の戦いが話題になるのは当然だろう。
私も東北勢である花巻東の健闘を願っている。
しかし、そこで秋田代表の話題が出ることはなかった。
私が秋田県出身であることは、職場の皆さんも知っている。
それでも、横手高校が敗退したことについて、特に話を振られることはなかった。
それは何も不思議なことではない。
盛岡にいる人々にとって、今は花巻東の戦いが現在進行形の話題だからである。
それでも私は、少しだけ寂しさを感じた。
「秋田の夏」は、もう終わっている
横手高校は57年ぶりに夏の甲子園へ帰ってきた。
しかし、結果は0―10。
秋田代表の夏は、そこで終わった。
盛岡に戻れば、横手の敗戦はすでに過去の出来事である。
だが、秋田県出身者である私にとっては、そう簡単には終わらない。
スマートフォンで試合経過を追う。
結果を確認する。
選手の記録を調べる。
誰かに頼まれたわけでもない。
選手の関係者でもない。
母校が出場しているわけでもない。
それでも気になる。
勝てば嬉しい。
負ければ残念である。
たかが高校野球。
しかし、その「たかが」の中に、故郷というものが入り込んでくる。
県外に住むと、故郷が遠くなるからこそ近くなる
地元に住んでいれば、高校野球の情報は自然に入ってくる。
新聞にも載る。
テレビでも放送される。
職場や地域でも話題になる。
ところが県外に出ると、そうはいかない。
秋田代表が上位まで勝ち進まない限り、県外の新聞やテレビでの扱いは小さい。
記事があっても短い。
テレビでも結果だけが伝えられる。
だから、秋田に縁のある人間は、自分から探しにいく。
小さな記事を読む。
試合結果を確認する。
選手の名前を見る。
地元メディアの記事を探す。
全国的には小さなニュースでも、自分にとっては大きなニュースなのである。
むしろ、情報が少ないからこそ、自分から取りにいく。
これは、県外で暮らす秋田県出身者なら、少なからず経験があるのではないだろうか。
秋田に帰れる人も、帰れない人も
私自身は、単身赴任で盛岡に住んでいるとはいえ、秋田市には比較的よく戻っている。
だから、故郷が完全に遠いわけではない。
秋田駅に降り立てば、いつもの街がある。
街の空気も分かる。
地元の高校野球の話題にも触れられる。
しかし、県外で仕事をしている以上、日常の中では秋田から離れている時間のほうが長い。
そして、世の中には仕事や家庭、距離などの事情で、私よりもなかなか秋田に戻れない人もいる。
そういう人たちは、もっと強く感じるのではないだろうか。
故郷の高校が甲子園に出場する。
スマートフォンで試合経過を見る。
地元メディアの記事を探す。
テレビで秋田代表が映れば、手を止めて見る。
勝てば嬉しい。
負ければ、しばらく気になる。
それは、もしかすると「高校野球を見ている」というより、故郷を見ているのかもしれない。
奥ゆかしい秋田県人は、静かに一喜一憂する
県外に住んでいる秋田県出身者は、必ずしも「秋田代表を応援しています」と声高に主張するわけではない。
周囲が花巻東の話をしていれば、その話を聞く。
横浜との対戦についても普通に話す。
しかし、その一方で心の中では、ひそかに秋田代表の試合経過を追っている。
「先制した」
「追いつかれた」
「よし、勝った」
「……負けたか」
表には出さなくても、心の中では一喜一憂している。
少なくとも私は、そうである。
これも秋田県人の奥ゆかしさなのかもしれない。
立場が弱いからこそ、心の中に故郷を持つ
さらに私の場合、現在は契約社員という立場でもある。
もし役員や社長であれば、職場で「秋田代表がですね」と声高に話しても、それ自体が一つの存在感になる。
しかし、組織の中で立場が強くない人間は、そうはいかない。
職場の空気を読み、自分の郷土愛を前面に出す必要もない。
だからこそ、心の中に自分だけの世界を持つ。
秋田の高校野球も、その一つなのだと思う。
誰かに理解してもらう必要はない。
誰かに評価してもらう必要もない。
秋田の高校が試合をしていれば、ただ気になる。
それだけである。
「たかが高校野球」の大きな力
高校野球は、たかがスポーツである。
しかし、地方においては、それ以上の意味を持つことがある。
出身地を思い出す。
母校を思い出す。
少年時代の夏を思い出す。
故郷の街を思い出す。
そして、県外に出た人間と故郷をつなぐ。
特に甲子園で「秋田県代表」という名前を見ると、遠く離れた場所にいても、一瞬で秋田が身近になる。
全国的には小さな記事であっても、自分にとっては大きな出来事になる。
だから私は、県外に住む秋田県出身者の中には、地元にいる人以上に高校野球を気にしている人もいるのではないかと思っている。
地元なら、情報は向こうからやってくる。
県外なら、自分から探しにいかなければならない。
その違いは、案外大きい。
夏が終われば、もう秋を見る
しかし、秋田の高校野球ファンにとって、夏が終わったからといって高校野球が終わるわけではない。
私の気持ちは、もう秋の大会へ向かっている。
秋は新チームの始まりである。
夏まで戦った3年生が抜け、1、2年生を中心に新しいチームが作られる。
ここから来年夏までの時間が始まる。
秋季大会があり、冬の鍛錬があり、春季大会がある。
そして、また夏が来る。
全国との差を、秋と春で埋めてほしい
2026年夏、横手高校は甲子園で0―10という結果に終わった。
その数字だけを見れば、全国との差を感じざるを得ない。
しかし、そこで終わってはいけない。
秋田にとって重要なのは、
「なぜ差があるのか」
を考え、その差を秋から春にかけて少しずつ埋めていくことである。
投手力なのか。
打力なのか。
守備力なのか。
選手層なのか。
全国レベルの相手と戦う経験なのか。
秋の大会は、その答えを探す最初の舞台になる。
そして春には、その答えを実際の成長につなげなければならない。
夏の甲子園で結果を出すのは、夏だけの力ではない。
秋、冬、春の積み重ねの先に、夏がある。
来年は準々決勝のステージへ
私は、選手たちの関係者でも家族でもない。
いわば完全な部外者である。
それでも、来年の夏には秋田のチームに準々決勝のステージまで残っていてほしいと思う。
どの学校でもいい。
秋の大会で頭角を現し、冬を越え、春に成長し、夏に力を発揮する。
そして、秋田県大会の準々決勝で、
「今年はこのチームが来たか」
と思わせてほしい。
そこから先は、甲子園を目指せばいい。
県外に暮らす一人の秋田県人として、ひそかにそう願っている。
秋田の高校野球沼からは、抜け出せない
県外に暮らしている。
盛岡で岩手の高校野球の話を聞いている。
それでも、心のどこかには秋田の高校野球がある。
横手が負ければ残念に思う。
能代のチームが勝てば嬉しい。
秋田商業の歴史を振り返る。
金足農の戦いを思い出す。
そして、新しいチームが出てくれば、またその選手たちを追いかける。
夏が終われば秋を見る。
秋が終われば春を見る。
春が終われば、また夏を待つ。
こうして考えると、私は秋田の高校野球という沼から、どうやら抜け出せそうにない。
いや、正確には――
抜け出せないのではない。抜け出したくないのである。
そして、これは私だけの話ではないと思っている。
秋田を離れて暮らしている人。
仕事の都合で県外に出ている人。
家庭の事情でなかなか故郷に戻れない人。
故郷を離れて何十年も暮らしている人。
そんな秋田県出身者の中にも、きっといるはずだ。
人前では何も言わない。
職場でも大きな声では語らない。
けれど、スマートフォンを開けば、秋田の高校野球の結果を確認している。
勝てば、ひそかに嬉しい。
負ければ、ひそかに悔しい。
そして、夏が終われば、もう秋の大会を気にしている。
それでいいのだと思う。
たかが高校野球。
しかし、その「たかが」の中に、故郷がある。
そして、故郷から離れて暮らす人間にとっては、その小さなニュースが、遠くなった故郷と自分をつなぐ一本の糸になることがある。
だから私は、これからも秋田の高校野球を追い続ける。
県外にいても。
盛岡にいても。
そして、秋田市に戻ったときには、また少し違った目で秋田の高校野球を見る。
秋田の高校野球沼からは、抜け出せない。
いや――
抜け出したくもない。
来年の夏、秋田のどこかのユニホームが、準々決勝のグラウンドに立っていることを願いながら。