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【昇降機メーカー編⑰】神戸三宮の朝にふとよぎる“もうひとつの人生”と、北区から大都会への15分

三宮の朝にふとよぎる“もうひとつの人生”と、北区から大都会への15分

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三宮駅から事務所へ向かう15分の道のり

神戸勤務が始まり、毎朝三宮駅から事務所まで歩く生活になりました。
徒歩15分ほどの道のりですが、この距離が妙に心を揺らします。
電車通勤は約10年ぶりで、百貨店時代の記憶が三宮の街の空気に触れるたびに静かに蘇ってきます。

三宮駅前の阪神電鉄の建物には、かつて自分が所属していた百貨店の旗艦店のひとつ——三宮店が入居していました。
毎朝その建物の前を通るたびに、胸の奥が少しざわつきます。

三宮店に残る“かつての仲間たちの気配”

三宮店には、私が百貨店時代によく遊びに行っていた先輩が勤務していました。
同じ部署の後輩も家庭用品担当として三宮店に立っていました。
そして、秋田行きのきっかけをつくってくれた先輩は広島勤務となり、私の神戸転勤のタイミングで三宮で再会しました。

三宮の街を歩くと、かつての仲間たちの姿が自然と重なって見えてきます。
そのたびに思うのです。

「もし、どこかでピースが違っていたら——」

百貨店を辞めずに続けていたら。
秋田行きの相談をあの先輩にしていなかったら。
後輩が家庭用品に配属されていなかったら。

ほんの少しの違いで、私はこの三宮店で働いていたかもしれません。
毎朝その建物の前を通るたびに、“もうひとつの人生”が静かに提示されるような感覚になります。

北区は“大きな田舎”

当時暮らしていた神戸市北区は、一言でいえば「大きな田舎」でした。
緑が多く、空が広く、街の時間がゆっくり流れている。
朝の空気は澄んでいて、生活のリズムが自然と落ち着いていくような環境です。

そんな北区から地下鉄に乗り、新神戸トンネルを抜けると——
わずか15分で三宮の大都会に到着します。

この“15分のギャップ”は、毎日の通勤で何度味わっても不思議でした。
静かな北区の駅を出たと思ったら、次の瞬間には人の波、ビルの谷間、商業の匂いが一気に押し寄せてくる。
まるで別世界にワープするような感覚です。

横浜と東京、神戸と大阪

この距離感は、どこか横浜と東京の関係に似ています。
横浜の落ち着いた港町の空気と、東京の圧倒的な都市のスピード。
その“二面性”を日常の中で行き来する感覚が、神戸と大阪にも重なります。

ただ、神戸はよりコンパクトにまとまっていて、街のサイズ感がちょうどいいと感じます。
三宮を中心に、海と山がすぐそばにあり、生活圏がギュッと凝縮されている。
横浜よりも、東京よりも、肩の力を抜いて暮らせる街だと思います。

北区の静けさと三宮の都会性。
この二つを毎日行き来する生活は、神戸という街の“懐の深さ”を実感する日々でもありました。

運命は紙一重の積み重ね

三宮店の前を通るたびに、もし違う選択をしていたらという“影のキャリア”が頭をよぎります。
北区の静けさから三宮の喧騒へ向かう15分の間に、過去と現在、そしてもうひとつの未来が交差するような感覚がありました。

運命は本当に紙一重です。
ひとつの選択、ひとつの出会い、ひとつのタイミング。
それらが少し違っていたら、今の自分はまったく別の場所に立っていたでしょう。

神戸の朝の空気の中で、そのことをしみじみと感じます。