【神戸編】初めての西日本暮らしと住まい探し

三宮に降り立った瞬間のこと
2006年、私は山形から神戸への転勤を命じられました。初めての西日本暮らしということもあり、仕事のことも生活のことも不安がありました。それでも妻が一緒に来てくれることが決まり、その安心感が大きな支えになりました。
三宮駅に降り立ち、ビジネスホテルへ向かう途中で、いきなり「神戸市役所どこですか」と声をかけられたことを覚えています。まだ土地勘もないはずなのに、まるでこの街に溶け込んでいるかのように見えたのでしょう。初めての土地でいきなり道を尋ねられるというのは不思議な感覚でしたが、神戸という街が私を拒むどころか、すっと受け入れてくれたような気がしました。
関西への抵抗感がなかった理由
東北出身者の多くは、関西の文化や人との接点が少ないまま育ちます。そのため、関西圏への異動に苦手意識を持つ人が少なくありません。言わば“食わず嫌い”のようなものです。東北の同僚の中には、関西どころか東北圏外への異動をためらう人も多く、独身であれば本来断る理由はないはずなのに、それでも踏み出せない現実がありました。
しかし私の場合、前職の百貨店勤務で大阪本社の文化に日常的に触れていました。上司や同僚、取引先にも西日本出身者が多く、関西の言葉や空気はすでに身近なものでした。さらに弟が「東北人はむしろ関東や東京よりも関西が相性がいい」と言ってくれたことも背中を押しました。弟自身も大阪本社の会社に勤めていた時期があり、その経験から出た言葉でした。こうした背景があったため、私は関西への転勤を自然に受け入れることができたのです。
住まい探しと北区の選択
転勤が決まり、まず取りかかったのは住まい探しでした。会社の規定で家賃は月7万円以内、間取りや床面積にも制約がありました。この条件では三宮周辺は難しく、どうしても郊外になります。ただし定期代は月5万円まで支給されるため、通勤距離とのバランスを考えながら物件を探しました。
ほどなくして、神戸市北区の2DKが候補に上がりました。三宮からは距離があるものの、新神戸トンネルを抜ける地下鉄なら約15分で到着します。北区は緑が多く、山形や秋田と大差ない落ち着いた環境でした。駐車場も一台確保でき、駅までは徒歩10分ほど。横浜での住まい探しを経験していたこともあり、この程度の距離感や条件には抵抗がありませんでした。
一方で、ずっと東北圏内で暮らしてきた人にとっては、こうした物件探しそのものがハードルになるのだろうと感じました。しばらくはホテル住まいを続け、引っ越しについては別の章で詳しく書くことにします。
唯一の困り事は「秋田への帰省費用」
神戸での生活を整える中で、唯一気がかりだったのは秋田への帰省費用でした。妻と二人分となると、距離の分だけ負担が大きくなります。東北から関西へ移るということは、生活圏が大きく変わるだけでなく、家族や実家との距離も一気に広がるということです。
それでも、妻が一緒に来てくれるという安心感がありました。帰省費用の負担は確かに重くなるものの、二人で新しい土地に向かう心強さのほうが勝っていました。神戸での生活を始めるうえで、この気がかりは受け入れるしかない現実でしたが、それでも前に進む気持ちは揺らぎませんでした。