山形で抱えた判断──25年越しに解放された心の重さ

■ 山形勤務で直面した、制度と現場のズレ
私が山形営業所に赴任したのは2002年のことでした。
新しい土地での仕事に向き合いながら、
実はその時期、昇降機業界全体が大きな制度の揺れの中にありました。
2000年に建築基準法が大改正され、
性能規定化、民間確認検査機関の導入、型式適合認定制度の創設という
三つの大きな柱が動き始めていました。
しかし、私が山形に着任した当時、
会社からこの改正に関する教育や情報共有はほとんどなく、
現場は制度の変化を十分に理解しないまま仕事を進めざるを得ませんでした。
制度は変わったのに、現場には何も降りてこない。
この“ねじれ”が、後々まで私の心に重く残ることになります。
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■ ISOに傾いた会社と、置き去りにされた法令対応
なぜ会社が法改正への対応を軽視したのか。
いま振り返ると、その理由は想像がつきます。
ちょうど同じ時期、会社はISO取得と運用に力を注いでいました。
ISOは外部から見える“形”としての効果が大きく、
経営層にとっては成果がわかりやすい取り組みです。
一方、建築基準法改正への対応は、
地味で、専門的で、時間がかかり、
外からは見えにくい“実質”の部分です。
本来なら、昇降機を扱う企業として
優先すべきは法令遵守だったはずです。
しかし現実には、ISOが先に選ばれました。
その結果、山形の現場では
制度の大変革に対してほぼ丸腰のまま、
顧客対応と工事を進めることになりました。
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■ 当時の法解釈から見れば“誤り”だった判断
特に混乱が大きかったのは、新築時よりも既設建物に設置される
- 椅子式階段昇降機
- 段差解消機
- ホームエレベーター
これらの扱いでした。
建築設備なのか、機械設備なのか。
確認申請が必要なのか、不要なのか。
型式認定で救われるのか。
民間検査機関ごとに解釈が違うのか。
誰も正解を知らないまま、
現場だけが判断を迫られる状況でした。
そして私は、
当時の法解釈から見れば“誤り”となる判断を、
いくつも現場で下してしまいました。
顧客の要望、生活上の必要性、
そして自分の計画数字という現実的なプレッシャー。
それらが絡み合い、
“止める”という選択肢を取れない場面が多くありました。
制度が曖昧で、会社は教育せず、
現場は止められず、顧客は待っている。
その中で選んだ判断でしたが、
法的には誤りだったという事実は、
山形を離れた後も長く心に残り続けました。
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■ 法の不遡及が生んだ“25年のつかえ”
建築基準法には「不遡及」という原則があります。
つまり、昔の基準で設置したものを、
後からできた新しい基準で裁くことはできないという考え方です。
しかしこの原則は、
現場の人間にとっては“救い”ではなく、
むしろ“長期的な不安”を生む要因でした。
制度が追いつかないまま、
現場はグレーの中で判断を続ける。
その判断が正しかったのかどうか、
誰も答えをくれないまま年月だけが過ぎていく。
私にとって、この不安は
25年という長い時間、心の奥に沈み続けた“つかえ”でした。
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■ 2025年、ようやく制度が現場に追いついた
そして2025年4月。
国土交通省告示により、既設の建物に設置する使用頻度が低く安全性への影響が小さい一部のエレベーターについて、
確認申請等が不要となりました。
これは、
制度が現場の現実にようやく追いついた瞬間
でした。
25年前、山形で“誤り”として扱われた判断が、
制度の側から「それでよかった」と言われたような感覚でした。
私の中にあった感情は、
怒りでも悔しさでもなく、
ただひとつ。
ようやく肩の荷が下りたという安堵。
長く続いた静かな不安が、
すっと溶けていくような感覚でした。
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■ 山形で背負った“誤りの判断”が教えてくれたこと
山形勤務で経験したこの一連の出来事は、
制度と現場の間にはいつも時間差があるということを教えてくれました。
そしてその時間差を埋めるために、
現場の人間が“見えない責任”を背負うことがあるということ。
2000年改正から2025年の合理化までの25年間は、
私にとって、
制度の揺らぎと現場の現実が交差する時代でした。
そして今、ようやく言えます。
あのとき山形で下した判断は、
当時の法解釈では誤りだった。
しかし、制度が25年かけて追いついてくれた。
その事実が、私の心をようやく解放してくれました。