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【昇降機メーカー編 ④】OS論の深掘り 百貨店OSと現場OSの断層に立たされた転職一年目 

百貨店OSと現場OSの断層に立たされた転職一年目

 


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 OSとは「価値観の初期設定」である

転職一年目の私は、百貨店で11年働いた経験から“百貨店OS”を身につけていました。
百貨店OSとは、相手の気持ちを読み、段取りを整え、空気をつくり、信頼を積み上げる対人OSです。
しかし、建築設備の世界はまったく違いました。
そこでは“現場OS”が支配しており、工程・安全・段取りが最優先。
言葉より行動、感情より結果、相手基準より自分基準。
この二つのOSは、同じ「仕事」という領域にありながら、価値観も判断基準も根本から異なっていました。

 社会人OSではありえない「財布事件」

その違いを痛感したのが、転職して間もない頃に起きた“財布事件”です。
お客様から集金してきた社員が、事務所に戻って経理へ渡す際、
自分の私用の財布からお金を取り出したのです。
私は言葉を失いました。
会社のお金と私物を混ぜることは、社会人OSでは絶対にやってはいけない行為です。
これは教育の問題ではなく、社会人としての初期設定がまったく違うということでした。
「これは教えられる以前の問題だ」と感じた瞬間でした。

 仙台駅での待ち合わせトラブルに見るOSの断層

さらに衝撃だったのが、仙台駅での待ち合わせトラブルです。
県外から新幹線で来るお客様との待ち合わせを、社員が“仙台駅東口”に設定したのです。
今でこそ東口は発展していますが、1996年当時は完全に“駅裏”。
初めて仙台に来るお客様が降り立つ場所ではありません。
案の定、お客様から「迎えがいない」という電話が会社に入りました。
社員は「会社から行きやすいから」という理由で東口を選んだのですが、
そこには“相手の立場で考える”という社会人OSが欠落していました。
百貨店OSで育った私には、これがどうしても理解できませんでした。

 中小メーカー特有の「営業=施工管理」という構造

さらに追い打ちをかけたのは、私の会社の営業が一般的な営業とは違い、
現場の施工管理が中心だったことです。
工程管理、段取り、他業種との調整、安全、トラブル対応──
百貨店OSで育った私には、まったく未知の世界でした。
大手なら職種が分かれていますが、中小では営業がすべてを担います。
これは入社前には予測できませんでしたし、求人票にも書かれていません。
百貨店OSの私が、現場OSの世界に突然放り込まれたのです。

 OSの違いは「教育」では埋まらない

財布事件も、仙台駅の件も、すべて同じ構造です。
百貨店OSは“相手基準”、現場OSは“自分基準”。
この違いは、教育や指導で簡単に埋まるものではありません。
OSとは、価値観の初期設定であり、長年の環境で形成されるものだからです。
私はこの断層に立たされ、何度も「これは同じ社会人なのか」と感じました。
しかし、これは誰が悪いという話ではなく、OSの違いが生む必然的な摩擦でした。

 OSの断層に立たされた一年目

振り返れば、転職一年目は“OSの断層”に苦しんだ一年でした。
百貨店OSと現場OSは、同じ社会人でありながら、まったく別の言語を話す世界。
その断層の上に立たされた私は、戸惑い、衝撃を受け、何度も心が折れそうになりました。
しかし、この経験があったからこそ、私は後に“ハイブリッドOS”へと進化する土台を得ることになります。
あの一年は、私にとって避けて通れない通過儀礼でした。

 それでも私が脱落しなかった理由

OSの断層に立たされ、何度も心が折れそうになった転職一年目でしたが、私が脱落せずに済んだのには理由があります。
それは、ちょうど同じ時期に、私と同年代で、同じく異業種から転職してきたUターン組が、秋田・山形・仙台にそれぞれ配属されていたことです。私を含めて3人。皆、同じ悩みを抱え、同じ壁にぶつかり、同じように苦しんでいました。

当時の私は35歳。縁というものは偶然の産物だと思っていました。
しかし、山形営業所の営業は、偶然にも私の大学の先輩でした。
さらに後になって分かったのですが、百貨店時代に同じ商品部でお世話になった先輩は、彼の剣道部の後輩でもありました。
まったく別の場所で生きてきたはずの人間同士が、思いがけないところでつながっていたのです。

この“見えない糸”のようなつながりが、私の心を静かに支えてくれました。
「自分だけではない」「同じ苦しみを共有できる仲間がいる」
その事実が、OSの断層に立たされていた私を踏みとどまらせてくれたのです。

山形の先輩は後に退職しましたが、いまでもつながりがあります。
あの時の縁は、偶然ではなく、私が脱落しないために用意されていた“必然”だったのかもしれません。