百貨店編⑰ 秋田で育った“構想する力”

自由度の高い現場で芽生えた思考の土台
秋田での仕事は、本館から距離があることもあり、細かな指示が届かない環境でした。
もちろん大枠の方針はありましたが、日々の運営や企画は自分で考えて動かす余地が非常に大きいものでした。
通常の百貨店はトップダウンで仕組みが動きます。
上からの指示やルールが細かく降りてきて、それに沿って現場が動く。
しかし秋田では、その“当たり前”が通用しませんでした。
「どうすればこの環境で成果を出せるか」
「地域に合う企画とは何か」
「現場が動きやすい仕組みはどこにあるのか」
そうした問いを自分で立て、構想を練り、試し、修正する。
この繰り返しが、私の思考の基礎を静かに形づくっていきました。
後になって振り返ると、この“自分で構想する習慣”こそが、
その後のキャリアで最も役に立った力だったように思います。
大家であるホテルとの折衝という緊張感
秋田では、もう一つ大きな業務がありました。
それが、ホテルの披露宴の引き出物を一手に引き受ける仕事です。
ホテルは大家、私たちは店子。
関係性としては優遇されていましたが、
「うまくいって当たり前」という空気が常にありました。
披露宴は人生の節目。
ミスは許されず、納期も厳格。
ホテル側の期待に応えるためには、細部まで気を配る必要がありました。
この緊張感は、後に建築設備を納入する際の現場対応とまったく同じです。
相手の事情を理解し、期待を超える形で応える。
秋田での経験は、のちの実務の“呼吸”を学ぶ場でもありました。
のし紙が教えてくれた“地域文化の違い”
秋田で披露宴の引き出物を扱う中で、私は初めてのし紙の文化の違いを知りました。
関東では「内のし」。
包装紙の内側にのし紙を入れる、控えめな贈答の作法です。
これは江戸の武家文化――“贈り物は静かに渡す”という価値観の名残だと言われています。
一方、秋田を含む東北では「外のし」。
包装紙の外側にのし紙をつけ、
「きちんと用意しました」という誠意を見せる文化です。
農村社会・共同体文化の中で、家と家のつながりを重んじる価値観が根付いています。
のし紙ひとつで、地域の歴史や文化が見えてくる。
その違いを肌で理解したことは、私にとって大きな学びでした。
そしてこの“相手の文化・前提を理解する”という姿勢は、
後の建築設備の納入業務でも、営業でも、企画でも、
あらゆる場面で役に立つことになります。
秋田で得たものは、静かだが確かな財産
秋田での4年間は、決して順風満帆ではありませんでした。
百貨店のブランドが届かない土地で、
バブル末期の逆風を受け、
ショッピングアーケードの立て直しは容易ではありませんでした。
しかし、あの4年間で私は
- 自分で構想する力
- 現場の呼吸を読む力
- 地域文化を理解する姿勢
- 相手の期待に応える緊張感
これらを確かに身につけました。
秋田は、私の人生における“静かな学校”のような場所でした。
派手さはないけれど、後のキャリアの土台をつくってくれた大切な時間。
今振り返っても、あの経験がなければ今の私はいないと感じます。