1996年までのオフィス文化
- 売場時代 ― “オフィス未満”の作業場から始まりました
- ワープロ文化が主役でした
- 社用車はパワステ未普及、MTが主力でした
- Windows95発売のニュースは届きましたが、現場はまだ遠い世界でした
- 外商部で初めて“オフィスらしいオフィス”を知りました
- まとめ ― デジタル化前夜の百貨店で働いていました

売場時代 ― “オフィス未満”の作業場から始まりました
私が最初に所属した商品課の売場には、いわゆる「オフィス」と呼べる空間はありませんでした。ストック場の片隅に金属製の机が数台、スチール棚がいくつか置かれているだけの簡素な環境で、蛍光灯の白い光が段ボールの山に反射する、そんな場所でした。
新規店舗だったこともあり、POS・POMシステムの端末が導入されていたのは恵まれていたほうだと思います。売上入力や在庫確認を行うその端末は、当時の売場における“最先端”でした。
ただし、それ以外は完全にアナログで、伝票は手書き、連絡は内線、資料はコピー機の前でひたすら刷るという毎日でした。 携帯電子機器は“部署に1台”という時代でした
当時は、携帯電話やPHSが個人に配られる時代ではありませんでした。部署に対して1台だけ携帯電子機器が支給され、それを必要に応じて回しながら使っていました。
多忙な営業担当にはポケベルが支給されており、数字のメッセージを読み取って折り返すのが日常でした。今のように「いつでも誰とでもつながる」環境とは程遠く、連絡手段そのものが業務の制約になっていた時代です。
ワープロ文化が主役でした
文書作成の中心はワープロでした。NEC文豪や富士通OASYSなど、どっしりとした筐体にフロッピーディスクを差し込んで使うタイプです。パソコンはまだ“好きな人が触るもの”という位置づけで、業務の中心にはありませんでした。
社用車はパワステ未普及、MTが主力でした
百貨店の外回り業務で使用する社用車も、今とはまったく違うものでした。パワーステアリングが全車に行き渡っておらず、いわゆる“オモステ”の車がまだ現役でした。さらに、トランスミッションはマニュアル車が主力で、クラッチ操作と重いハンドルを組み合わせながら市街地を走るのが当たり前でした。
外商担当や営業担当は、重いハンドルを回しながらお客様のもとへ向かい、帰社後はワープロで報告書を作成するという、今では想像しにくい働き方をしていました。
Windows95発売のニュースは届きましたが、現場はまだ遠い世界でした
1995年にWindows95が発売されたというニュースが流れたとき、「時代が変わるらしい」という空気だけは感じました。しかし、百貨店の現場にその波が届くのはまだ先の話で、売場もバックヤードもワープロと専用端末が中心のままでした。
外商部で初めて“オフィスらしいオフィス”を知りました
百貨店で最後に所属した外商部は、売場とはまったく違う空気を持っていました。机が整然と並び、書類棚が壁一面を覆い、電話がひっきりなしに鳴る――まさに商社のようなオフィスでした。
とはいえ、ここでも主役はワープロで、パソコンが業務の中心になるのはまだ先の未来でした。
まとめ ― デジタル化前夜の百貨店で働いていました
1996年までの百貨店の職場は、今振り返れば「デジタル化前夜」でした。売場の片隅の作業場から始まり、外商部でようやく“オフィスらしさ”に触れたものの、携帯電子機器は部署に1台、社用車はオモステとMTが主力という、アナログ文化の真っただ中でした。
紙とハンコと電話が中心の時代を経験したことは、今のデジタル時代を生きるうえで、私にとって確かな財産になっています。