四方山話に時々音楽と高校野球

高校野球・浜省推し・スピリットは1980年代

秋高が去った夏――秋田南と横手、二つの学び舎が残したもの

秋高が去った夏――秋田南と横手、二つの学び舎が残したもの

 

秋田大会もいよいよ後半戦へ向かう

史家は能代の出である。

ゆえに、どうしても能代市勢の目線で大会を眺めてしまう。能代松陽のいる山を見つめ、能代の地から戦況を追い続ける。

しかし、戦国の世において本当に恐ろしいのは、自軍の戦場だけを見ていることである。

山の向こう側にある戦

山の向こう側。

対岸のよこてブロックにもまた、興味深い戦いが存在している。

その一つが、今日行われた秋田南-横手である。

秋高が消えた山が生む新たな物語

昨日、秋田高校が敗退した。

秋田県を代表する進学校であり、長年にわたって文武両道の象徴として存在してきた学校である。

その秋田高校が姿を消したことで、この山には新たな物語が生まれた。

秋田南と横手。

県内有数の進学校同士の対戦である。

学力だけで序列を語るつもりはないが、県内ではしばしば

秋田高校
秋田南
横手

という名前が並べて語られてきた。

その頂点であった秋田高校が去った今、残された二つの学び舎がその系譜を受け継ぐことになる。

六度目の挑戦を目指す秋田南

秋田南は、一県一代表制となった1978年以降、実に五度の決勝進出を果たしている。

しかし、そのすべてが準優勝であった。

1986年 秋田工業に1-2で惜敗
1997年 秋田商業に大敗
2015年 秋田商業に完封負け
2021年 明桜に完封負け
2022年 能代松陽に敗退

決勝の舞台には辿り着く。

しかし、その先にある甲子園への扉だけが開かない。

秋田南の歴史は、あと一歩届かなかった歴史でもある。

だからこそ、もし再び上位進出を果たすならば、それは六度目の挑戦への道となる。

 

半世紀越しの夏を追う横手

一方の横手である。

横手が最初に夏の甲子園へ出場したのは1969年。

昭和44年のことである。

この年、横手は秋田商業を破り、西奥羽代表として甲子園へ向かった。

しかし、それ以降の夏は長い。

一県一代表制以降、決勝進出はない。

それでも伝統は消えない。

古豪と呼ばれる学校には、時として数字だけでは測れない重みがある。

もし横手が勝ち進めば、それは半世紀を超える時間の向こうにある栄光への再挑戦となる。

史家が能代の丘から見た対岸の戦

史家は能代松陽を追い続けている。

だが、今大会で本当に気になるのは対岸の山でもある。

こちらが準々決勝、準決勝と戦いを続けている間に、向こう側では誰が勝ち残るのか。

秋田南か。

横手か。

あるいはさらに別の勢力か。

戦国の世では、目の前の敵ばかり見ていてはならない。

本当に恐ろしいのは、まだ刃を交えていない相手である。

だから史家は今日、この試合を見つめている。

延長十回タイブレークが描いた二つの学び舎の青春

延長十回タイブレーク。

九回裏二死まで追い込まれながら、秋田南は最後まで諦めなかった。
その執念が土壇場で同点打を呼び込み、八橋球場はまるで決勝戦のような空気に包まれた。

スタンドには在校生がいた。卒業生がいた。
かつてこの学び舎で青春を過ごした人々の記憶があった。
そして、今まさにその歴史を受け継ぐ球児たちがいた。

二つの学び舎が積み重ねてきた年月と、幾世代もの卒業生たちの思いが詰まった二時間余りであった。

勝利の女神が微笑んだのは横手である。

遠い夏を追い続ける横手は、再びその歩みを前へ進める。

一方で、六度目の決勝進出を目指した秋田南の夏はここで終わった。

勝敗を超えた高校野球の物語

だが、この試合に敗者はいない。

昭和44年の記憶を追う者と、あと一歩届かなかった歴史を背負う者。

二つの学び舎が八橋球場に残したものは、勝敗を超えた高校野球の物語そのものであった。

史家は能代の丘から対岸の戦を見つめていた。

そして思う。三回戦で終わるには、あまりにも惜しい一戦であった。