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【百貨店編⑩】 最初の上司の影響は、いまだに残っています

【百貨店編⑩】最初の上司の影響は、いまだに残っています

 

 

 

 “最初の上司”との出会い

社会人として最初に配属された商品課で、私は“最初の上司”と出会いました。某大学の体育会応援団出身。上昇志向が強く、時代背景もあって、いわゆる“ハラスメント体質”の空気をまとっていました。私自身もその“洗礼”を受けましたし、他の男性スタッフも例外ではありませんでした。

それでも、今振り返ると、その方の影響は決して小さくありません。社会人としての最初の上司というのは、良くも悪くも、その後の価値観や働き方に深く影響を与えるものです。私にとっても、あの課長の存在は、いまだに記憶の中で輪郭を持ち続けています。

 若手に託された“自由裁量”

印象的だったのは、右も左もわからない新入社員の私に対して、「売り場の構成から商品まで、自分で決めてみろ」と指示があったことです。今では考えられないような裁量の大きさですが、当時は“フリーな気運”が確かにありました。もちろん、かなり悩みました。何を基準に選べばいいのか、誰に相談すればいいのかもわからず、売り場の空気を読みながら手探りで構成を考えた日々でした。

 双葉山の言葉と“武装するアタマ”

酒の席では、「いまだ木鶏たりえず」と、双葉山の名言を口にするような方でもありました。「アタマは武装するものだ」と語りながら、髪の毛の乱れには人一倍敏感で、鏡の前で身だしなみを整える姿が印象に残っています。
当時の年齢は40代前半だったと思いますが、今の私がその年齢を越えてみて、あのような言葉を部下に語れるかと考えると、到底及ばないと感じます。

 理屈より勢い、説明より命令

仕事は一から十まで、掃除から決算までやりとげる。そんな時代背景もありました。理屈よりも勢い、説明よりも命令。けれど、その中で私は、組織の“力学”というものを肌で感じることができました。そして、言葉にできない圧力の中で、自分の“芯”のようなものを探す時間でもありました。

 あの頃の“悩みながら考えた時間”

今、こうして記録を続けている自分がいるのは、あの頃の“悩みながら考えた時間”があったからかもしれません。最初の上司の影響は、時に重く、時に鋭く、そして今も静かに残り続けています。