史家はなぜ秋田県の高校野球を追うのか
―情報の砂漠で育った観戦者―

諸君、現代の高校野球ファンは幸福である。
スマートフォンを開けば試合速報が届く。
一球ごとの投球内容が表示される。
動画配信もある。
現地の観客が撮影した写真や感想が瞬時にSNSへ流れ込む。
まるで戦場の上空を飛ぶ偵察機から、リアルタイムで戦況報告を受けているかのようである。
しかし、史家が高校野球を追い始めた1980年代は違った。
当時、史家は神奈川県で学生として暮らしていた。
故郷・秋田県の高校野球を知る術は極めて限られていたのである。
夏の大会期間中。
翌朝、全国紙の朝刊を開く。
スポーツ欄の片隅に並ぶ数行の記事。
そこに記されているのは、
「秋田商 4-2 能代」
あるいは
「金足農 7-1 本荘」
という結果だけだった。
勝ったのか。
負けたのか。
それだけである。
誰が投げたのか。
どんな試合だったのか。
どんなドラマがあったのか。
そんな情報はどこにもない。
今の若いファンには想像しにくいだろう。
現代で言えば、プロ野球の試合結果だけが翌日に知らされ、映像もハイライトも一切存在しないようなものである。
史家はその数行の文字を見て一喜一憂した。
新聞を開く瞬間は、まるで受験の合格発表を見るような緊張感があった。
そして決勝戦だけは特別だった。
深夜。
眠い目をこすりながらテレビをつける。
ようやく映し出される秋田県代表校の姿。
わずかな映像。
数分の紹介。
だが、それは故郷から届く貴重な通信だった。
今思えば、情報の砂漠であった。
だから史家は想像した。
このスコアなら投手戦だったのではないか。
延長戦ならどんな展開だったのか。
なぜこの学校が勝ったのか。
新聞の数行から歴史を復元しようとしていたのである。
そして四十年後。
時代は変わった。
一球速報。
バーチャル高校野球。
高野連のSNS。
新聞社の速報。
かつて夢だった情報が、指先ひとつで手に入る。
史家も今や、一球速報を固定画面にして試合を追っている。
だが面白いことに、情報が増えれば増えるほど、新たな空白が生まれた。
それは「意味」である。
何が起きたのかは誰でも分かる。
しかし、
なぜ起きたのか。
秋田高校野球史の中でどんな意味を持つのか。
それを語る者は意外に少ない。
だから史家は今日も語る。
速報を伝えるためではない。
歴史を語るためである。
新聞の片隅に載った数行の結果を追いかけていた学生は、
やがて秋田県の高校野球という長い歴史そのものを追いかけるようになった。
史家の原点は、情報の洪水の時代ではなく、
情報の砂漠の時代にあったのである。