【百貨店編②】神奈川県民ホールと足尾銅山
――“異例の年”に滑り込んだ私のはじまり

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神奈川県民ホールで迎えた社会人としての第一歩
1985年の春、私はS百貨店グループの入社式に出席しました。
例年であれば本社で一括して行われるはずの式典ですが、私の年は少し事情が異なっていました。その年の秋に横浜へ大型店舗の新規開店が予定されており、私はその横浜店の配属予定者として採用されていたため、横浜配属組だけが別枠で入社式を行うことになったのです。
会場に選ばれたのは、神奈川県民ホールでした。
この場所は、私にとって特別な意味を持っています。敬愛する浜田省吾さんのライブに初めて参加した会場であり、青春の記憶が詰まった場所でもあります。まさか自分がその同じステージの前で、社会人としての第一歩を踏み出すことになるとは思ってもいませんでした。
大学時代を過ごした横浜に、全国の数ある店舗の中から配属されたこと。
それは偶然だったのか、あるいは何かの縁だったのか。
いずれにせよ、私はこの街で、百貨店という巨大な組織の一員として働くことになったのです。
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“異例の年”が生んだ足尾銅山での研修
入社式を終えると、すぐに新入社員研修が始まりました。
通常であれば、群馬県・赤城山にある研修施設でグループ全体の新入社員が合宿を行います。しかし横浜の開店に向けて大量採用が行われたその年は、赤城山では収容しきれないという事態になりました。そこで横浜配属組だけが別会場で研修を受けることになったのです。
その場所が、栃木県の足尾銅山跡地に設けられた研修施設でした。
かつて日本の近代化を支えた鉱山の跡地に立つその施設は、どこかひんやりとした空気をまとい、歴史の重みと社会人生活への緊張感が交差するような独特の雰囲気を漂わせていました。
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“タイミング”が導いた出会いと気づき
この合宿で、私はあることに気づきました。
同期の中には、いわゆる一流大学出身ではない人も多く、私自身も地元の大学からの挑戦でした。それでも採用されたのは、まさに“タイミング”だったのだと思います。もし1年早く、あるいは1年遅く就職活動をしていたら、この会社には入れていなかったかもしれません。
足尾での研修は、厳しくも貴重な経験でした。
朝の号令、集団行動、ロールプレイング、そして夜の反省会。
体育会系の空気に戸惑いながらも、私は少しずつ“組織の呼吸”に慣れていきました。鉱山跡地の静けさの中で、社会人としての覚悟がじわりと形になっていくのを感じたのです。
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静かに始まった百貨店からの社会人生活
こうして、私のS百貨店での社会人生活は静かに幕を開けました。
華やかな売り場の裏側には、想像以上に厳しい世界が広がっていましたが、足尾での研修で得た経験は、その後の長い仕事人生を支える土台となりました。
“異例の年”に滑り込むように始まった私の百貨店編。
そのスタート地点には、神奈川県民ホールと足尾銅山という、思いがけない二つの場所が深く刻まれています。
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■ 次回予告:店舗実習で触れた“現場のリアル”へ
次回は、いよいよ店舗での新入社員実習編に続きます。
売場の空気、先輩社員の姿勢、そして初めて味わう“百貨店の現場”の緊張と高揚。
私が最初に触れた「商いの現場」の記憶を、当時の空気感とともに振り返ってまいります。