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学生ヘルパー編⑦ アルバイトという“青春の断片”

学生ヘルパー編⑦ アルバイトという“青春の断片”

 


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単なる「労働」を超えた、心地よい居場所

アリック日進での売場経験は、私にとって単なる「生活費を稼ぐための労働」以上の、大きな意味を持つ場所になっていきました。
当時、私はオーディオの専門知識を活かす「専門員」としての役割も担っていたため、一般的な大学生のアルバイトに比べると時給は比較的恵まれていました。仕送りも少なく、決して裕福とは言えなかった当時の私にとって、この収入は本当にありがたく、日々の学生生活を支えてくれる貴重な原動力だったのです。
しかし、それ以上に私を惹きつけたのは、あの売場に流れていた独特の空気感でした。売場には同じ大学の先輩や、他大学から来ている同世代の学生バイトが何人も集まっていました。お互いに適度な距離感を保ちつつも、どこか大学の同好会やサークルの延長線上にあるような、不思議な居心地の良さと緩やかな交流があったのです。

多様な人生が交差する、一瞬の交差点

一方で、売場にいたのは学生ばかりではありませんでした。生計を立てるプロフェッショナルな販売ヘルパーの方や、次のステップを模索しながら働く就職浪人中の方など、一般的な会社組織のサラリーマンとは少し異なる、多様な背景を持った大人の姿もありました。
年齢も立場もバラバラな私たちでしたが、一つだけ心のどこかで共通していた認識があります。それは、この場所が自分にとって「一生続ける仕事」ではない、ということでした。
誰もが、自分の人生のある限られた季節を切り取った、「一時的な仕事」としてここに身を置いている。だからこそ、変なドロドロとした人間関係や出世競争もなく、どこかサッパリとした、でも温かい連帯感が売場を包んでいたのかもしれません。

横浜の夜に溶けていった、青春のひとこま

仕事が終われば、そこは横浜駅西口という賑やかな繁華街のど真ん中です。
「お疲れ! 今日ちょっと一杯いっとく?」
誰からともなく声が上がり、仕事の心地よい疲れを抱えたまま、近くの居酒屋へ繰り出すことも日常茶飯事でした。売場での失敗談を笑い飛ばしたり、将来の夢や他愛のない雑談を交わしたりしながら過ごしたあの時間は、間違いなく私の「青春のひとこま」として、今も色鮮やかに記憶の奥底に刻まれています。
当時はそれが当たり前の日常でしたが、今振り返れば、あの激しく変化する時代の中で、一瞬だけ重なり合った奇跡のような時間だったのだと感じます。

40年の時を超えて、再び繋がった縁

「一期一会」とはよく言ったもので、人生の縁がどこでどう繋がっているかは、本当に分からないものです。
嬉しいことに、つい最近、インターネット上で偶然見つけた「アリック日進」に関するブログ記事がきっかけとなり、信じられない出来事が起きました。なんと、あの頃ともに売場で汗を流したヘルパー仲間と、実に40年という長い歳月を経て、再び交流が始まったのです。
ネット上ですが一瞬であの賑やかだった横浜駅西口の売場の空気や、若かった自分たちの姿が蘇りました。40年前に切り取られたはずの“青春の断片”が、長い時を超えて、今こうして現代の私へと優しく繋がった瞬間でした。
目の前の「出逢い」を丁寧に、誠実に
この再会は、私に大切なことを教えてくれました。
販売という行為は、一見すると「モノと紙幣の交換」に見えるかもしれません。しかしその本質は、人と人、心と心が交わす「縁」のひとつの形なのだということです。
売場に立っていたあの頃も、そして別の道を歩んで社会人となった今も、目の前にいる人との出逢いはすべて、二度と戻らないかけがえのない瞬間です。
だからこそ、今、自分の目の前にいる人との出逢いを、何よりも大切にしたい。その一瞬一瞬を、丁寧に、そして誠実に積み重ねていくこと。それこそが、あの懐かしい売場から始まり、40年かけて私の中に実った、人生のいちばん大切な教訓なのです。

 

次回は1980年代前半の横浜駅西口の風景と記憶を書いていきます。