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学生ヘルパー編② 横浜駅西口“アリック日進”で学んだ売場の掟

学生ヘルパー編② 横浜駅西口“アリック日進”で学んだ売場の掟

 


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 大学2年の晩秋、売場に立つ

大学2年の晩秋、私は横浜駅西口にある家電量販店「アリック日進」で、パイオニアのヘルパーとして売場に立つアルバイトを始めました。

当時の私は、社会のルールなどほとんど知りませんでした。
敬語もあやふや、名刺交換の作法もわからず、社員とバイトの違いすら曖昧なまま、ただ“そこに立っている”だけの存在でした。

それでも、現場に身を置いてみると、なんとなく“空気”でわかることがありました。
教室や部活で感じていたような序列や力関係が、売場にも確かに存在していたのです。

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 1980年代の売場は“無法地帯”だった


1980年代の売場は、今とは比べものにならないほど自由で、ある意味“無法地帯”のような雰囲気がありました。
ハラスメントという言葉もなく、コンプライアンスという概念も浸透していない時代。
無神経である一方、どこかおおらかで、理不尽さも笑って受け流すような空気が流れていました。

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 “音の戦場”に放り込まれる


私の持ち場は、オーディオの催し物会場でした。
パイオニア、トリオ、山水の3社が並ぶ特設コーナーで、それぞれのヘルパーが自社製品を販売していました。

一方、メインの売場にはデンオン、ビクター、アカイも加わり、フルラインナップの“音の戦場”が広がっていました。
その熱気と混沌のなかには、いくつかの“掟”が存在していました。

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 売場にあった“暗黙の掟”


たとえば、こんなルールです。

- 指名買いのお客様には、素直にそのメーカーの商品を販売する。
 → これは“ひっくり返さない”という暗黙の了解。

- 逆に、指名買いを“ひっくり返して”自社製品を売るのはタブー。
 → ただし、メーカー社員はこれをむしろ奨励していた。

この力学が、なかなか複雑でした。
店舗側としては「売れれば良し」。
しかしメーカー側としては、自社の給与で雇ったヘルパーがライバル製品を売ることは許されない。
そのため、メーカー社員からは「ひっくり返してでも自社を売れ」と言われることもありました。

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 ヘルパー同士の“妙なバランス”


こうした板挟みのなかで、ヘルパー同士にも独特のルールがありました。

- やられたら、やり返す。
- 売ってもらったら、お返しする。

まるで部活動の上下関係のような、妙なバランス感覚。
競争と共存が入り混じった、独特の“売場の論理”がそこにはありました。

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 売場は社会の縮図だった

今振り返ると、あの空間は、まさに社会の縮図だったのかもしれません。
理不尽さも、駆け引きも、気配りも、すべてが詰まっていました。
そして私は、そんな“掟”のなかで、少しずつ“働く”ということを学んでいったのだと思います。

この頃に身をもって経験した「同業他社との友愛の精神」は、
その後の社会人生活でも、ずっと大切にしてきた価値観のひとつです。
現在勤めている設備機械商社の社是にある「共存共栄」「業界全体の発展を」という言葉。
その根っこには、あの売場で感じた“競いながらも支え合う”空気があったのだと、今になって実感しています。

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次回予告:初めてのクロージング
次回は、売場で経験した“初めてのクロージング”について書いてみたいと思います。