「白い巨塔」と日本の組織──64歳・契約社員という“観察者”の視点から

社会人として三つの組織を経験してきました。最初の二社は正社員として、現在は契約社員として働いています。業界は異なりますが、どの組織にも共通しているものがあります。それは、人間関係の構造が驚くほど似ているということです。
最近、唐沢寿明版の「白い巨塔」を見返す機会がありました。あの作品に登場するキャラクターたちは極端に描かれていますが、実は日本の組織の“縮図”として非常に分かりやすいのです。そして64歳の今、私は社内生存競争の渦中から離れ、どちらかといえば“観察者”の立場で組織を見ることができるようになりました。この距離感が、白い巨塔の世界と現実の組織を重ね合わせるうえで、とても興味深い視点を与えてくれます。
■財前タイプはほとんどいない
まず、財前五郎のような圧倒的な野心と能力を持つ人物は、現実にはほとんど存在しません。財前のように突き抜けた人は、成功する前に燃え尽きるか、組織に潰されるか、あるいは独立していきます。だからこそ、組織の中には“財前のような人”は滅多に残らないのです。
■鵜飼タイプは多いが、決断は遅い
一方で、鵜飼医学部長のような“調整型”の人物は、どの組織にも必ずいます。表向きは穏やかで、裏では保身と調整に徹するタイプです。しかし、こうした人が多い組織ほど、物事がなかなか決まりません。「誰も反対しない案」を探し続け、結果として何も動かない。これは日本の組織でよく見られる光景です。
■佃タイプは時々いるが、長続きしない
財前に忠誠を尽くす佃医局長のような人物も、現実には時々います。上司に尽くし、組織の論理に忠実に動くタイプです。しかし、こうした人は“上が変わる”と一気に立場を失います。組織の変化に弱いのが佃タイプの宿命です。
■64歳・契約社員という“観察者”の特権
今の私は、社内競争の外側にいます。利害関係はありますが、命を賭けるほどではない。だからこそ、組織の中の人間関係がよく見えます。この立場は、白い巨塔でいえば東佐枝子のような“観察者”に近いのかもしれません。あるいは「家政婦は見た」の市原悦子さんのように、内部にいながら外側の視点を持つ存在です。
若い頃は渦中にいたため見えなかったものが、今は俯瞰で見える。これは、年齢を重ねたからこそ得られた貴重な視点だと感じています。
白い巨塔のキャラクターは極端ですが、現実の組織も、結局は“地味で真摯な助教授タイプ”や時に外部の人間が中心になって回っています。派手さはありません。ドラマの主役にもなりません。しかし、組織を支えているのはいつもこのタイプです。
そしてその地味さは、現実の組織と同じで、物語としては少し面白みに欠けるのかもしれません。でも、そんな“地味な人たち”が組織を支えているという事実こそ、白い巨塔が描いた世界と現実の日本社会の共通点なのだと思います。
白い巨塔 (2003年のテレビドラマ) - Wikipedia