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ネット記事と個人ブログの違いについて ― これからも「目の前の事実」を書き続けていきます

■ ネット記事と個人ブログの違いについて
― これからも「目の前の事実」を書き続けていきます ―


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最近、Yahooニュースや各種メディアで「定年後の暮らし」「Uターンの失敗」「若手の転職」など、人生の節目を扱う記事をよく目にします。どれも体験談のように見えますが、ふと考えてみると、あれはどこまでが事実で、どこからが創作なのだろうと思うことがあります。

実際のところ、ネットに溢れる体験談の多くは、ノンフィクションと創作の中間にある“編集された現実”です。
取材費をかけず、ネットで集めた情報をAIで整え、ライターが肉付けする。そんな制作方法が一般化しています。
そのため、「本当にこの人はそこにいたのだろうか」と感じる記事も少なくありません。

一方で、私が書いているブログは、そうした構造とはまったく異なります。

■ 私の文章の源は「じったいけん」です

私が記事にしているのは、
・地方と大都市圏の暮らしの違い
・おっさんとしての日々の手触り
・高校野球の季節の空気
・LIVE会場の熱量
・単身赴任の生活の揺れ
・仕事の現場で感じたこと

こうした“目の前の事実”です。

誰かに合わせて話を盛る必要もありませんし、PVを稼ぐために感情を煽る必要もありません。
その日の気分や空気、ふと心に浮かんだことを、淡々と記録しているだけです。

しかし不思議なもので、こうした“生活の記録”こそ、誰かの心に静かに届くことがあります。

■ ネット記事は「消費される物語」
個人ブログは「残る記録」です

ネット記事は、
・読者の感情を揺さぶる構成
・典型的なストーリーの寄せ集め
・AIとライターの効率化

こうした“消費される文章”が多いと感じます。

一方で、個人ブログは、
その人が生きた跡がそのまま言葉になる場所です。

だからこそ、時間が経つほど味が出ますし、読み手の心に残ります。

■ これからも、変わらずに書き続けます

私はこれからも、
日によって思いついたことを、自然体で記録していきます。

それが誰かの心に届けば、それで十分です。
届かなくても、それで構いません。

大切なのは、
「自分が見たもの、感じたものを、自分の言葉で残していくこと」
だと思っています。

AIが文章を大量に生み出す時代だからこそ、
生きた人間の“じったいけん”は、ますます価値を持つと感じています。

これからも、目の前の事実と経験値を、静かに、丁寧に書き続けていきたいと思います。