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2020年夏の甲子園中止──失われた夢と、選手たちの心に残る秋の記憶

 【2020夏の甲子園・地方大会の中止が決定】

甲子園が79年ぶりに中止となる決定が下されました。新型コロナウイルスの影響による苦渋の判断です。

目標としてきた選手たち、特に3年生にとっては、言葉にできないほどの感情が渦巻いていることでしょう。中止決定に至るまでの経緯も、会議前に新聞が報じた“リーク”のような形で既に既定路線だった感が否めません。

アドバルーン的な報道で世論の反応を探り、選手たちのショックを少しでも和らげるために、あえて事前に情報を出したのかもしれません。

一時は感染状況も落ち着きつつあり、無観客での開催も模索されていたように思います。しかし、感染リスクがゼロではない現状、また練習不足によるケガのリスクも考慮すれば、開催断念も理解はできます。ただ、屋外スポーツの野球すらできないのであれば、屋内スポーツやライブイベントの開催は、さらに遠のくことになります。

【リスク回避が最優先の日本社会】

残念ながら、今回の委員会の決定には「万策尽きるまで議論した」とは感じられない部分もありました。選手の安全を最優先にしたことは理解できますが、同時に主催者側の責任回避の側面も否定できません。

責任の所在は組織にとって極めて重要な問題です。今の日本社会を見渡すと、官民問わず、責任を回避することが最優先される風潮が広がっているように感じます。上から下まで、大人たちが臆病になり、かつてのように“夢を語る”リーダーは少なくなってしまいました。

その一例が、「地方の独自大会開催は各都道府県の自主的な判断に任せる」という高野連の姿勢。責任の範囲外は“お任せ”というスタンスが透けて見えます。

【今は何も考えられなくて当然】

今回の中止を受け止めなければならない選手たち、特に新3年生にとって、今は何も考えられない状態であるのは当然のことです。

これまで高校野球、そして甲子園を目指してすべてを懸けてきた彼らにとって、その目標が突然失われた衝撃は計り知れません。努力や思いが大きかった分、失望もまた大きい。それは、どんな時代でも、どんな分野でも、世代を超えて共通する感情です。

時が経てば、「あの時の出来事がすべてではなかった」と気づく日が来るかもしれません。しかし、今はただ、時間がその傷を癒してくれるのを待つしかありません。

【忘れない2019年秋の県大会】

昨年の秋の県大会が、現チームにとって甲子園を目指す最後の公式戦になるとは、誰が予想できたでしょうか。あの熱戦、激闘の数々は、今も心に残っています。

 

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