四方山話に時々音楽と高校野球

高校野球・浜省推し・スピリットは1980年代

昭和6年(1931年)夏の甲子園 決勝戦:嘉義農林、歴史に刻まれた準優勝

 

【第17回全国中等学校優勝野球大会 決勝】

嘉義農林(台湾) |000 000 000|0(投:呉-捕:東)  
中京商業(愛知) |002 200 00X|4(投:吉田-捕:桜井)

本日は日曜日でお休み。気になる作品があり、近所のシネコンへ足を運びました。

高校野球の歴代出場校・優勝校を眺めていると、戦前の日本統治下にあった台湾・朝鮮・満州からの代表校の存在に気づかされます。今回観た映画は、1931年の第17回大会で中京商業と決勝を戦った嘉義農林の実話を描いた作品でした。

正直、この作品は本当に素晴らしかった。何度も涙を誘われました。特に全島大会の決勝戦、甲子園出場が決まる瞬間、そして中京商業との決勝戦。プレーのひとつひとつに込められた心理描写に、自然と感情移入してしまいます。

無名のチームが一気に頂点へと駆け上がる物語といえば、私の中では「キャプテン」の墨谷二中が常勝・青葉学院に挑む姿が思い浮かびます。この映画もまさに、スタンドで嘉義農林を応援しているような感覚。中京商業に勝ってほしかったという思いが湧き上がりました。

当時の甲子園の観衆の多くも、嘉義農林を応援していたのではないでしょうか。日本人は昔も今も“判官びいき”です。

この大会、東北地区からは奥羽代表として秋田中学、東北代表として福岡中学が出場。嘉義農林との対戦はありませんでしたが、秋田中は2回戦で中京商業と対戦し、1対19で敗退。当時の中京商業はこの大会から3連覇を果たす、まさに最強のチームでした。

一方、嘉義農林のチーム構成は、守備に長けた日本人、打撃に優れた漢人、俊足の高砂族と、多様な民族が融合した編成。日本人だけに偏らないチームカラーが魅力的でした。

監督は松山商業出身の近藤兵太郎氏(演:永瀬正敏)。いまだ勝利のなかったチームを引き受け、翌年には甲子園初出場・準優勝へと導いた人物。私は今回初めてその名を知り、無知を恥じるとともに、指導者としての情熱と才覚に感銘を受けました。

スパルタ式の厳しい指導ながら、民族に関係なく選手を登用し、甲子園出場という目標に全力を注ぐ姿勢は、まさに教育者の鑑です。

また、物語には大沢たかお演じる八田與一氏も登場。日本統治時代の台湾で、10年の歳月をかけて東洋一のダムを建設した土木技師。台湾では教科書にも登場し、最も尊敬されている日本人の一人だそうです。私自身、今回初めてその存在を知り、深く感動しました。

戦後のGHQ政策により、日本の戦前の業績は長らく否定されてきましたが、この映画が台湾で大ヒットしたという事実は、日本統治時代の台湾が決して“負の遺産”だけではなかったことを物語っているように思います。

今年は戦後70年の節目。日本人と日本がアジアとどう向き合うかを考えるうえで、このような日本と台湾の関係を描いた作品は、もっと日本のメディアでも取り上げられるべきだと感じます。残念ながら、近隣諸国への配慮からか、あまり報道されていないのが現状です。

ところで、春のセンバツ甲子園もまもなく開幕。組み合わせ抽選会は3月13日(金)、大会は3月21日からスタートします。長い歴史と人々の思いが詰まった甲子園大会。いつか、台湾のチームが招待され、出場できるような、東アジアが平和で穏やかな国際情勢となる日が来ることを願っています。

では またです。