昨日、「浜田省吾コンサートツアー2011」大阪城ホール公演に行ってきました。今回のツアーでは、4月の神戸、6月の大阪、そして10月の大阪と、計3回参加することができました。

どの会場でも感じたのは、観客の多くが40代〜50代の同世代であること。長時間のスタンディングは正直きついですが、それでも浜田さんのステージを前にすると、自然と体が動いてしまいます。幸い、今日は休日。心地よい疲労感とともに、余韻に浸ることができました。
浜田省吾さんがソロデビューしたのは1976年。私が中学3年生の頃でしたが、当時はまだその存在を知りませんでした。初めて彼の楽曲
に触れたのは、1979年の「風を感じて」。CMソングとしてヒットしたこの曲が、私と浜田さんとの出会いでした。
浜田さんの音楽に本格的にのめり込んだのは、大学1年のとき。クラスメートからカセットテープを借りたのがきっかけでした。しかも、浜田さんが同じ大学の出身と知り、親近感が一層深まりました。
最初に聴いたアルバムはおそらく『HOMEBOUND』。同年リリースの『愛の世代の前に』もよく聴いていました。当時は貸しレコード店が全盛期で、過去のアルバムも借りては繰り返し聴いたものです。
中でもデビューアルバム『生まれたところを遠くはなれて』は、当時の自分の心情と重なり、特に印象深い一枚です。歌詞やメロディが、当時見ていた風景とリンクし、今でも80年代前半の記憶が鮮やかに蘇ります。
浜田さんのライブに初めて足を運んだのは、1982年の神奈川県民ホール。「ON THE ROAD」ツアーの初年度でした。当時はまだスタンディング文化が根付いておらず、最初は着席していたものの、終盤には3階席まで総立ちに。アンコールでは「High School R&R」が演奏され、熱気に包まれた夜でした。
その後、1991年のNHKホール公演を最後に、しばらくライブから遠ざかっていました。前職では休みが不定期だったこと、そして音楽自体をあまり聴かなくなっていたことが理由です。
再び浜田さんのステージに立ち会えたのは、2005年のアリーナツアー・宮城グランディ公演。それを機に、予算とスケジュールが合えば、できる限り足を運ぶようになりました。
昨日の大阪城ホール公演でも、浜田さんは58歳とは思えないほどパワフルなパフォーマンスを披露。ロックンロールの熱さはもちろん、バラードでは年輪を感じさせる深みがあり、心に沁みました。これからも1年でも長く、1回でも多く、ステージに立ち続けてほしいと願っています。
今回のツアーは、今月のさいたまスーパーアリーナ公演でスケジュールが完了予定。延期となっている宮城グランディ公演の今後については未発表のままです。
東北、特に被災地では、浜田さんの音楽を心待ちにしているファンがたくさんいます。音楽は、時に癒しとなり、時に勇気を与えてくれるもの。どうか「ハロー東北シティー/仙台・宮城・岩手・福島シティー」の実現が、一日も早く叶いますように。