2026-08-01から1ヶ月間の記事一覧
四国への“予兆”となった徳島遠征 ― 2007年アスティ徳島の夜に起きたこと 初めて四国へ足を踏み入れた日 横浜時代の上司が徳島にいるという“伏線” 徳島店での“5分間の再会” LIVEの余韻と、徳島市の夜の静けさ 翌年、私は四国に住むことになる 奇縁が重なった…
両校優勝の続きを、秋に──能代松陽と秋田修英、伝統校の背中を越えて 秋田の秋に、少し不思議な対戦が生まれた 秋商を破った秋工、その前に立ちはだかった夏の能代松陽 「伝統校」と「新鋭校」の間で ところが、この2校には「未完の続きを」があった 能代松…
新屋と能代松陽、勝敗はまた入れ替わった──6―3の秋に刻まれた、2027年夏への一頁 夏4強・新屋との秋の初戦 6点よりも、まず3点 新屋の夏のエースが登板しても 4点取れば勝てるという計算 両校とも一年生投手から始まった 近年の新屋―能代松陽 勝敗はまた入れ…
地元復帰と西日本異動。神戸と高松で入れ替わった私と先輩 神戸と四国の“トレード”で始まった人事の流れ 神戸の内情を教えてくれた先輩との縁 四国時代に仙台へ転勤してきた先輩 2017年、盛岡で再び交差する縁 人事は会社が決める。縁は勝手につながる。 神…
〜テレビ番組と転勤夫婦ドラマがくれた“移動の物語”〜 全国を巡る番組がくれた安心感 自分の転勤ルートと番組の巡り方が重なった テレビの“転勤夫婦ドラマ”がくれた共感 NHKアナウンサーの転勤も、自分と似ていた テレビがつないでくれた“日本の地図” 全国を…
秋の初戦が映し出す、新屋と能代松陽の現在地──新チームの試金石 夏が終わり、秋が始まる 夏の実績では新屋が一歩リード 能代松陽には「夏とは違うチーム」という見方が必要だ 能代松陽が勝てば「秋の主役」が見えてくる 新屋にとっても「勝って当然」ではな…
東北から関西へ——言葉と文化の距離感 〜暮らしとしての関西との接点〜 百貨店時代にあった“文化の接点” 関西弁という文化の衝撃 標準語で通した理由 現場での受け入れと“おもろいおっちゃん” 言葉の“聖域”は地元にしかわからない 異文化の中で見えた“距離の…
最近、秋田県職員に対する懲戒処分のニュースを見ていて、「時代が変わったなあ」と強く感じました。 今回の処分は、ホテルからバスローブ姿で記者会見を行ったことや、その後に県へ虚偽の説明をしたことなどを理由として、停職6カ月に加えて2階級降任という…
23年前の『踊る大捜査線』を見て、41歳だった自分を思い出しました 2003年の映画を2026年に見る 「負け組」という言葉があった時代 「正しさを貫きたければ偉くなれ」 2003年にはなかったSNS フジテレビも23年で変わりました 子役だった神木隆之介 23年前の…
【昇降機30年の現場から】県境をまたぐと常識が変わる?小荷物専用昇降機ローカルルールの激動期を振り返る 東北の「常識」が覆った兵庫への転勤 四国での「一息」と、嵐の前の静けさ 地方のバラつきを終わらせた「全国一律化」の波 最後に:激動の過渡期を…
当時の社会情勢と会社事情が生んだ“北からの異動” 〜地方と都市の採用格差が人事を動かした時代〜 地方では待遇が低くても応募があった時代背景 大都市圏では待遇が都市並みでないと採用できなかった 都市部の欠員を埋めるための“北からの異動” 今では考えら…
史家語り──なぜ秋田の秋季大会はこんなに複雑なのか 能代松陽の初戦が示すもの 昨年の能代松陽が示したこと 新屋に勝てば一気に面白くなる なぜ秋田の秋季大会は複雑なのか 地区大会の廃止がさらに制度を変えた 敗者復活は秋田だけではない それでも新屋戦は…
縁はアルゴリズムが発見する──『男女7人秋物語』の「橋」と2026年のSNS 真夜中にAI沼にはまって 昔から人と人をつなぐ「何か」があった 2026年、橋はアルゴリズムになった 「知り合いかも」という小さな気付き 縁を発見することと、縁を育てることは違う 縁…
【メーカー編】落札したのに青ざめた日――エレベーター2台を1台分で受注した話 入札が重なった慌ただしい一週間 入札会場で感じた違和感 まさかの落札 会社の反応は「おめでとう」ではなかった 三重チェックでも防げなかったヒューマンエラー あの落札と四国…
神戸で過ごした二年間と、歴史が息づく二つの会場 神戸勤務の二年間は「仕事の記憶が薄い時期」でした 大阪城ホールという“熱量の残響” 旧フェスティバルホールは「文化の交差点」 歴史が息づく場所で音を浴びた二年間 神戸勤務の二年間は「仕事の記憶が薄い…
アクセス解析研究所の突然の仕様変更 今日は秋田県から何人来たのだろう Googleアナリティクスは高機能ですが 高機能と使いやすさは別物です 作る側と使う側の目線 メーカーでも同じことがあります 「できる」と「必要」は違います ホームページのアクセス数…
神戸時代に始まった、私の“甲子園詣で”の原点 東北を離れたからこそ強くなった、地元へのまなざし 2006年の兵庫国体で能代工業を観戦 2006年8月10日、人生初の“リアル甲子園” 翌年、念願の秋田代表・金足農を観戦 そして、その後10年続く“夏の甲子園詣で”へ …
県外に暮らしても、秋田の高校野球からは抜け出せない──故郷から離れて暮らす秋田県人の夏 盛岡の職場で聞いた「花巻東―横浜」2026年8月17日。 私は一週間ぶりに盛岡の職場へ出勤した。 現在、私は単身赴任で盛岡に住んでいる。 秋田市には比較的よく戻って…
三宮の朝にふとよぎる“もうひとつの人生”と、北区から大都会への15分 三宮駅から事務所へ向かう15分の道のり 三宮店に残る“かつての仲間たちの気配” 北区は“大きな田舎” 横浜と東京、神戸と大阪 運命は紙一重の積み重ね 三宮駅から事務所へ向かう15分の道の…
地方と首都圏では、大学の見方が違う──二つの評価軸はなぜ交わらないのか 横手高校は進学校なのか?から始まった話 首都圏では細かな序列が共有されています 地方では「知名度」が入口になります スポーツや芸能が大学の知名度を作ります 就職という「出口」…
【神戸編】初めての西日本暮らしと住まい探し 三宮に降り立った瞬間のこと 関西への抵抗感がなかった理由 住まい探しと北区の選択 唯一の困り事は「秋田への帰省費用」 三宮に降り立った瞬間のこと 2006年、私は山形から神戸への転勤を命じられました。初め…
横手高校の敗戦と「進学校論争」──ネット社会の民度の変遷を史家はどう見るか 0-10という数字の向こう側 2010年という時代──匿名ネット社会の厳しさ 2026年──敗者を傷つけない社会へ しかし「優しさ」だけでは歴史は進まない 進学校ではないという言葉が映…
キャリア回顧録・番外編立ち止まる場所は、故郷でもいい 都会で頑張ってきたあなたへ 故郷は「帰る場所」であり、「新しい場所」でもあります 立ち止まっても、人生は終わりません 故郷もまた、変わっていきます 都会で頑張ってきたあなたへ 長い人生の中で…
史家語り 横手高校の甲子園出場は「偉業」である──首都圏の公立進学校を見れば、その意味が分かる 進学校論争の前に見るべき視点 甲子園に遠い首都圏の公立進学校 横手高校は秋田の強豪を倒している 57年という時間の重さ 偏差値ではなく「到達した場所」を…
【デジタル化の変遷】ポケベルからAIへ──1996〜2006年、私が見てきた職場のデジタル革命 はじめに ポケベルの時代:1996年、転職当時の現場 J-フォンの登場:携帯電話が“仕事の道具”になった瞬間 ボーダフォンへの転換:携帯会社の興亡を職場で体感する ワー…
史家語り 秋田県の公立高校と全国強豪私立、その「埋まらない差」──これからの公立校は「地域」で戦う 2500人の応援団が見たもの 2026年、甲子園に見える公立校と私立校の差 公立高校が弱くなったのではない 私立高校には「強くする理由」がある 甲子園で見…
山形編最終章:圧縮された3年間と、神戸行きの真相 ◆ 山形で過ごした“異常な密度”の3年間 山形での3年間は、私のキャリアの中でも特別な期間でした。法改正の混乱、教育ゼロの現場、ISO偏重で現場が放置される状況、グレー案件の判断を迫られる日々、相談で…
史家語り 0-10をどう分析するか──横手高校が甲子園で見せた「秋田県高校野球の次の課題」 0-10というスコアを、感情ではなく技術と戦術で見る 戦前から警戒していた「低め」を見極められた しかし、それだけで10点にはならない 「11点取れば勝っていた」は…
山形で抱えた判断──25年越しに解放された心の重さ ■ 山形勤務で直面した、制度と現場のズレ私が山形営業所に赴任したのは2002年のことでした。 新しい土地での仕事に向き合いながら、 実はその時期、昇降機業界全体が大きな制度の揺れの中にありました。 200…
史家語り ──横手高校、57年ぶりの甲子園で刻んだ一日 57年ぶりに戻った甲子園、その結末は0-10だった 秋田大会とは違った佐藤投手への対応 大量失点と三振は、矛盾しない 秋田県高校野球に残った「甲子園で点を取る」という課題 0-10でも、57年ぶりの歴史…